115.大晦日の挨拶 2nd

 クリスマスに先輩と仕事をしに某所に行った。先輩は他の案件でも忙しいためか不機嫌だったが、昼飯を食ったら多少機嫌が良くなった。

 その日は他社との通信テストだったので、昼食後にスタンバイを始めたのだが、途中で先輩が自分の分までこちらに投げてきた。


「なんですか。自分の分は自分でやってくださいよ」

「あのね、Aさんいるでしょ?」

「いますね」

「私も見習おうかと思って。実作業は全部淡島に押し付けて、電話とかメールとかだけやるポジションっていいよね」


 これだけ聞くとAさんがとんでもない人のように聞こえるが誇張でもなんでもない所が恐ろしい。前なんか違う人を前にして堂々と「淡島さんがいる時は俺仕事しないんだー」と言ってたような人である。


「いいよね、じゃないですよ」

「何で」

「先輩はAさんと違って存在感がありすぎます。気配を極限まで消してください」

「難しいこと言わないでよ」

「Aさんのあの所業を私が許してるのは、私が仕事してる時に気配がないからですよ。完全なる無」


 スタンバイをしながら返す。


「大体午前中だって、あのスクショ取れだのデータ取れだの、存在感がありすぎ」

「あ、それなんだけどさ。別バージョンのスクショも欲しいな」


 流れるように別の作業を増やさないで欲しい。そもそも私の仕事では無い。まぁしかし今日はクリスマスだ。少しくらいは慈悲をあげよう。


「じゃあ後で取ります」

「でも私、夕方には宅配便受け取るから帰るね」

「何クリスマスに宅配便受け取ろうとしてるんですか。反省してください」

「悪いことしてなくない?」


 全くもって無になれない先輩を相手にしながらデータベースを操作して通信テストに備える。


「Aさんってそんな存在感ないの?」

「いや、私の代わりに話したりとかはしてくれますよ。それ以外は余計なことしないって感じ」

「私は余計なことしてると」

「言ってないこと勝手に汲み取って拗ねないでくださいよ。お気持ち表明ですか」

「拗ねてないけどー。でもそうか。存在感か」


 先輩が「うーん」と考え込む。


「確かにね。そういう系のことは言われたことある。独り言が多いって言われたから、最近は注意してるんだ」

「……今の独り言ですか?」

「違うよ!」


 向かいに座っていた、通信テストの相手会社の人が吹き出した。聞かれていたらしい。すみません、ちゃんと真面目に準備はしています。


「あ、ねぇねぇ。テスト始まる前にトイレ行ってきていい?」

「ダメです」

「そんな」


 相手側のIPアドレスに繋がることや、必要な情報などを伝えた後に先輩を見ると、泣きそうな顔をしていた。


「どうしたんですか」

「トイレに行ったら駄目だって言われたから」

「ここで人間の尊厳を失うつもりですか」

「出来ればここじゃないどこかへ行きたい」

「トイレ行ってください」


 また笑われた。気にしないでください。いつものじゃれ合いなんです。

 トイレから戻ってきた先輩は、椅子に座りながら「あっ」と思い出したように言った。


「さっきのスクショだけど、あと2パターン必要だった」

「絶対先輩はAさんになれないですよ」


 そんな感じで今年最後の現場作業は終わった。来年もどこかで呼び出されそうな気がするが、その時はその時である。ただ、来年こそは会社に引きこもっていたい。叶わぬ願いを持ちながら、今年のエッセイを締めることにする。


 本年はお世話になりました。公式から来ていただいた方々もありがとうございます。また来年も気が向いた時に読んでください。


2023.12.31. 淡島かりす

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