112.千差万別
現地で仕事をしていると、仕事の二割くらいは「先生のお話を拝聴する」に使われる。
医師というのも人間だから、社交的な人もいるし無口な人もいるし、急に怒り出す人もいる。腰低く相槌を打ちながら、それでも何とか信頼を得るべく話をするのは結構疲れる。特に話の長い人に捕まると厄介で、「先生、仕事あるんで」みたいに切り上げられないから結局自分の仕事時間が圧迫される。
いつだったか稼働立会の時に、急に一人の先生に呼び止められた。何やらピリピリとした空気を出している。
「お伺いしたいんですけどね」
「はい、先生。なんでしょう」
先生が言うことには、システムに表示される「検査日」を日付を外して時刻だけに出来ないかということだった。
「僕はなるべく無駄な情報を視界に入れたくない。システムのごちゃごちゃした機能はどうでもいいんです。だから日付だって要らない。時刻だけ出せませんか」
「なるほど、時刻だけですね」
標準でそんな機能は無い。ないが、他の機能を転用すれば多分可能に思えた。
「出来るかもしれないので、少し試してきてもよろしいですか? 今日はずっとこちらに?」
先生というのは午前と午後でいる場所が変わったりするので確認する。先生が肯定を返したので、急いで作業場に向かう。1時間ほどでなんとか想定の形になったので、再び先生のところに戻った。
「こちらでいかがですか?」
「あぁ、これで結構です」
先生は無表情だったが、ピリピリは消えた。
「先程、違う方に聞いたら「出来ない」の一点張りだったんです。出来ないのなら出来ないで仕方ありませんが、確認はして欲しいんですよ」
「それは申し訳ありません」
「いえ、あなたに謝ってもらわなくても結構。ところで、ここも変えたいんですが」
一応ご機嫌は治ったようだ。暫く話をしてから、なんだか疲れたので作業場に引きこもることにすると、プロマネが話しかけてきた。
「〜先生は何だって?」
「時刻だけ出したいって言って……」
「またか。俺、出来ないってちゃんと言ったんだけど」
お前か。何してくれてんだ。
「出来ますよ。そういうの、確認するからで持ち帰ってください」
「あの先生、かなり変わってるよ。あんな先生なかなかいないよ」
「別に珍しくないですよ」
世の中、もっと変わった人なんてごまんといる。あの先生が言っていることは至極真っ当だし、無理難題というレベルでもない。以前別の病院で「俺の頭に電極差して脳波を読み取って動くシステムを作れ」と言い出した先生に比べたら普通も普通である。
「ここは社内案件でもVIP指定なんですから、気をつけてください」
何が悲しくてシステム担当がプロマネに注意しなければいけないのか。そう思っていると内線が鳴った。出てみると、別の医師からの問い合わせだった。来て欲しいとのことだったので承諾して腰をあげる。
どんな先生でも上手く立ち回ってやる。そんな気持ちで指定された場所に行くと、白衣の人物が立っていた。私を見ると目を輝かせる。
「あ、システム担当の方ですか?」
「すみません、お待たせしました」
「いえいえ、こちらこそ呼び出す真似をして本当にすみません」
深深と頭を下げられた。
これは新しいパターンだ。医師がシステム屋を出迎えるなんて聞いたことがない。
「つまらないことだとは思うんですが、いらっしゃる間にお伺いしたほうがいいと」
「そんな。仕事ですから、いくらでも呼びつけてください」
新しいパターンに戸惑いながらも、なんとかそう返した。めちゃくちゃ腰低く連れていかれた先には、さらに輪をかけて腰の低い医師がいた。
「お忙しいのにごめんなさいね。聞きたいことがいくつかあって。こちらから伺うのが筋なんですけど」
新しいパターンの連続に困惑する。なんだろう。この人達だけが特殊なのか。それとも今まで運悪く出会えてなかっただけなのか。わからない。わからないが、なんか調子が狂うので、やや横柄に来て欲しい。
勝手なことを思いながら、勧められた椅子に腰掛けた。本当に世の中、千差万別である。
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