111.終末には近寄らない
先日、唐突に電話が来た。相手は五月頃に某病院の仕事を一緒にしていたAさんだった。電話に出てみると、耳を疑うような言葉が羅列された。
「再来週に稼働なんだけど、何も間に合ってない」
「一人で頑張ってきたけど限界」
「現地に来て手伝って欲しい」
「某アプリの検証も必要。それは手配済み」
えー、と思いながらも一度電話を切った。
某アプリは手配済と言ったが、なんだか怪しい。というか全部怪しいので開発担当のBさんに電話をかけてみた。
「なにそれ、初耳」
Bさんは私の話を聞いた途端にそう言った。まぁ予想はついていた。
「というか」
Bさんの声に不満が混じる。
「今言われても困りますよ。こっちだって都合があるし」
「でしょうね」
「大体、他のアプリだって散々でしたよ。仕様書はスッカスカ、変更に次ぐ変更。挙句の果てに計算間違ってるから、稼働日に出来上がるのもあるし」
「稼働日に何出来るんですか?」
「データ通信アプリ」
「はぁ?」
当日出来たら、いつテストするのか。
というかあの病院、今度新しく通信入れるんだから絶対テストしないと危ない。危険。
「結局淡島さん巻き込まれたんですね」
「いや、巻き込まれたくないんですよ」
そこで一度電話を切った。
一時間ほどしてから、今度は向こうから電話が掛かってきた。
「俺に現地来いって言ってるんですけど」
「開発を現地に来させるとか、やばいですね」
「嫌だなー。絶対何も出来てなさそう」
「ってか、一人で頑張ってきたって言われても一人なのは六月辺りからだったんだから、どうにかなったと思いません?」
「それなんですけど、あの人多分都合のいいことしか報告してなかったんですよ」
なるほど。それは有り得るな。
怒られるのを避けるために虚偽の報告を重ねた結果、バランスの悪いミルフィーユみたいになってしまい、それがついに崩れた。そんなところか。
「断りました?」
「断りましたよ。淡島さんも来るからって言われたけど、違うのわかってますし」
電話の向こうでタバコに火をつける音がした。気持ちは分かる。こんなのニコチンがないと冷静に話していられない。
「一回断ったんですけど、もう一回掛かってきたんです」
「条件変えるから来てくれって?」
「似たようなもんですね。稼働を一週間早めるから来てくれって」
え、オレ耳がどうかしちまったかな。今、一週間早めるって聞こえたぜ。
そう聞こえたなら耳はいいさ。
頭の中で先日亡くなった寺沢武一先生の名作「COBRA」のワンシーンが改ざんされて流れる。
「無理でしょ」
「そう、無理無理。俺と淡島さんが行ったところで出来ることはないです」
「稼働リハもしてないから、システム止まりますよ」
「でしょう? あの人たちが解決できると思います?」
「思わない」
「もうね、終わりです。何もかも終わり。自分たちのミスをこっちに背負わせるんじゃねー、って話ですよ」
怒ってる。まぁそりゃ怒る。
Bさんとは長い付き合いで、信頼関係がある。ダメなことはハッキリダメだと言うし、出来ることはやってくれる人だから、この人が終わりと言うなら終わりだ。
因みに私も終わりだと思っている。映画なら開幕前に観客がスクリーンにポップコーンを投げつけるレベルで。
「病院との契約と体制図から考えて、下手したら責任こっちですね。Bさんの見解は」
「間違いないですね。だから今からメール一本打ちます」
「誰に? プロマネ?」
「あの人じゃない。エリアマネージャーと統括部長。もうそこまで話持っていかないと危険です」
「あぁ、それがいいですね」
「なので淡島さんもそのつもりでお願いします」
「BCC」
「了解」
電話を切った後、上司が話しかけてきた。
「Aさんから出張要請あったけど」
「あぁ、それはのらりくらり躱しておいて下さい」
「やらないつもり?」
「終わりなんで」
システムエンジニアは危機管理能力もなければいけない。虎穴に入らずんば、な時もあるが虎穴だと思って足を踏み入れたら底なし沼なことだってある。
見るからに終末が広がる案件に行くほど、社畜だって命知らずではない。命大事に回避せよ乙女。また掛かってきたAさんの電話を、見ないふりしてスマホを伏せた。
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