98.香水を作った話

 「うぇ」と変な声が出た。ジャスミンの香りを漂わせる精油のボトルが手の中にはある。

 ジャスミンの匂いは好きな筈なのに、精油として嗅ぐと駄目だった。嗅覚とは不思議なものである。

 創作オフ会も兼ねて行った香水作り体験は、大量の精油の匂いを嗅がされるところから始まった。オレンジ、ミント、ローズ、その他諸々。精油と行ったらオーソドックスなものしか知らなかった自分にとってはジャスミンの精油があるのも非常に驚きである。様々な精油を合計十滴ブレンドして、オリジナルの香水を作るという内容だったのだが、この大量の匂いの中から好みのものを見つけるのは難しい。


「基本となる匂いは二滴から三滴入れます」


 そうなのか。じゃあ好きな匂いを多くすればいいのかなと思って嗅ぐが、もう匂いの洪水である。鼻の中に植物園が出来上がっている。あるいはスーパーの青果コーナー。

 向かいに座る一緒に来た創作仲間も悩んでいる。そうですよね。わかる。これは迷う。


「他にも色々あるので、好きな匂いを探してみてくださいね」


 といって示されたのは、底の浅いトランクにぎっしり入った精油たち。もう何かよくわからない名前が乱舞している。

 すごいなー、精油。というかアロマ? 香水も口紅もネイルもしない女が軽率に手を出してすみませんでした。なんか香水つくりって面白そうだな、と生来の「興味があったらなんでもやっちゃう」性格が強めに出ただけです。何ですか、コリアンダーの精油って。パクチーですか。すっごい好み分かれそうですね。パクチーは好きですが。

 ローズの匂いは嫌いではないが、どうにも自分の香水としては強すぎる。というか薔薇が似合うような気がしない。そもそも花が似合う気すらしない。心の中のアロママスター(数分前に爆誕)は、ローズの香りに顔をしかめている。これはダメだ。変えよう。

 アロママスターと30分以上対話し、偶にラベンダーの精油瓶で鼻を殴られながらも、どうにか好きな匂いが見つかった。ティーツリー。則ちお茶の木である。茶の匂いは落ち着く。よし、これをメインにしよう。講師の方はトップノードとかミドルノートとか言っていたが、全部匂いに紛れて記憶の彼方に消えた。

 他にもロータスの精油が気に入ったので、これも加えた。元々蓮は造詣が好きである。蓮根も美味しい。これで匂いも良いなんて完璧だと思う。


「匂いがわからなくなってきました」

「わかります」


 などと会話しながら、選んだ精油をさらに厳選して六個に絞った。偉いぞ自分。いつも仕事もこうやって厳選出来ればいいのにな。無理だけど。

 組み合わせが決まったら5mlの無水エタノールに精油を一滴ずつ垂らしていく。まずは六個全部入れる。これで残りは四滴。どれを足すかで匂いが変化する。

 ティーツリーを多めにしたかったので二滴入れた。爽やか。好き。

 あと二滴はどうしようか。とりあえず蓮を一滴入れた。これもいい匂いがする。良い。

 あと一滴。悩ましい。プルメリアを足しても良さそうだし、あるいはここで新たな匂いを足すのも良いかもしれない。


 悩んだ。実に悩んだ。頭の中のいつもは使わない部分がフル回転している。

 普段は殆ど匂いなんて気にしないが、それでも好きな匂いと嫌いな匂いというのはある。私が特に苦手なのは酒粕の匂いだ。どうにもあれが受け付けない。なので化粧水を買う時も日本酒由来のものは忌避している。逆に好きな匂いはグレープフルーツだが、香水に混ぜようとしたらなんか違った。単独で楽しむかブレンドで楽しむかで違うのだろう。

 どうしよう。あと一滴。脳内アロママスターは既に思考を放棄して、白目を剥いている。

 しかし講師が言っていた。「嗅覚だけは脳で誤魔化せない」と。好きな匂いと嫌いな匂い。例えば超高級な香水だったとしても、嫌いと感じたらつけられない。つまり匂いには素直になるべきである。

 そう決意した私は、もう一度蓮を入れた。


 出来上がった香水を容器に入れ、持ち帰り用の袋に詰めてもらい、「オリジナル香水が出来た」という満足感に浸ったあたりでふと気が付いた。

 ティーツリーとロータスがそれぞれ三滴ずつ。他の四滴も仕事をしているあたりは流石精油といったところである。しかし匂いの大部分はティーツリーとロータス。すっごいいい匂い。安心する。


 いや。これ蓮茶だ。


 毎日飲んでる蓮茶の残像が脳裏を走る。今日の朝も飲んだな、そういえば。茶葉に蓮の匂いを移したあれ。

 美味しいし、良い匂いだから仕方ないね。香水にしちゃっても。嗅覚って嘘つかないというか、私の脳の回路直列三つぐらいしかないのでは。会社の後輩が「焼肉はデブの香水」って言ってたのを笑ったが、多分それと同じだ。いやでもいい匂い。ずっと嗅いでいたい。そんな気持ちで袋越しに匂いを嗅いだ。うん、絶対これ中国茶の店で「ホンファインシャイチャ」みたいな名前で出てくる。でもいい匂いだから抗えない。


 というわけでいい匂いの蓮茶香水が出来ました。

 皆でやった香水つくりは楽しかったです。(子供の作文)

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