99.餅は餅屋
現場のSEなんてものはフットワークが軽いのがデフォみたいなものである。
その日も予め決められた作業を終えたところでマネージャが「よし」と呟いた。
「終わりだよね?」
「終わりですね」
「じゃあちょっと一緒に二階まで行かない? モニタの修理しないといけなくて」
「あぁ、いいですよ」
基本的には断らない質なのでそう応じた。現地稼働立会の時も、電話で呼び出されたら一も二もなく現場に直行するのが我々の基本である。
「モニタ壊れたんですか?」
「スレイブの方に映らなくなってさ。部品交換」
そう言って相手が渡してきたのは電源コードがついた長方体の装置だった。大きさは手のひらに乗る程度だがずっしりと重い。それが二つ仲良く並んでいる。
「どっちがレシーバ?」
「側面に書いてあるよ」
スレイブモニタというのは、わかりやすく言えばメインモニタから離れた場所で表示されるモニタのことである。病院の待合室で壁にかけられたモニタに「次の診察番号」や「各診察室の医師の名前」が表示されているのを見たことがないだろうか。あれである。普通の二面モニタとは異なり、ネットワークを使用して画面を表示するので、ネットワークさえ繋がればかなり離れた場所にも設置が可能となっている。
検査用のスレイブモニタが壊れた、というのが今回の訪問理由らしい。目的の検査室に向かうと、既に業務時間を二時間ほど過ぎているためか患者さんは殆どいなかった。
「まずは送信側だね」
そう言ってマネージャは操作室の大きな台を動かした。台の裏側は見事にコードと埃が絡まりあっていた。どんなに綺麗に見える病院だって、台の裏は汚いものである。
そこにぶら下がっていた装置を取り替えて、まずは一つ終わった。あとは受信側である。受信側というのはスレイブモニタの所なので、検査室の中へと向かった。
「あのモニタだね」
天井からぶら下がったモニタには「故障中」と手書きの紙が貼ってあった。近くの椅子を借りて、モニタの配線を確認する。
「装置あった」
椅子の上でマネージャが言う。慣れた手つきで手早く壊れた装置を外して私に手渡した。代わりに新しい装置を手渡そうとした時に「あぁ?」と怪訝な声がした。
「これ、装置の電源どこから取ってんだ?」
周囲にコンセントはない。モニタのケーブルはと見れば天井の方へと伸びている。それを辿っていくと、プラスチック製のカバーが天井に嵌め込まれて、コードはその中へと消えていた。
「あそこからですかね?」
「まじか。カバー外せるかな?」
「ドライバありますよ」
脚立を借りて、ドライバーを用意して、今度はカバーの方に挑む。カバー自体はあっさり外れたが、どうにも人の手が入るような大きさではなかった、マネージャは言わずもがな、私も身長相応の手の大きさなので無理である。
「駄目かー」
そう言ってマネージャは辺りを見回す。その視線は一点で止まった。
「あそこから天井裏入れるよね?」
「嘘でしょ」
そこにあったのは点検口だった。学校や病院やスーパーなどの添乗を見上げれば見つかる正方形の蓋である。小さなネジで止めているだけなので、それを外せばすぐに開くのだが、まさか入ろうと言い出すとは思わなかった。
マネージャは脚立を移動して、点検口のネジをドライバーで外した。カタンと小さな音がして蓋が下方向へ開く。中は真っ暗で、でも室内の灯りに照らされたコードやら配管やらが見える。
「何か出そうだね」
「ネズミ? ゴキブリ?」
「言うなよ」
そう言ってマネージャは点検口から天井裏に登ってしまった。スーツで。スーツに革靴で。私は少々呆れながらもそれを見送った。いや、スーツで床に這いつくばったり、サーバ室の床下に潜り込むことは何度かやっているのだが、天井裏に行く人は初めてである。
数分後、マネージャが点検口まで戻ってきた。
「どうでした?」
「場所はわかったけど、その手前にある管が何かわからなくて進めなかった」
「でしょうねぇ」
差し出された、使われなかった受信用装置を受け取る。そしてマネージャは白い埃を身に纏いながら帰還した。羽みたいである。汚い羽だなぁ、と思いながら尻についていたデカい塊を取ってあげた。
「専門家にやってもらった方がいいですよ」
「そうだね。ここの責任者の人に聞いてみようか」
埃まみれのまま責任者に会いに行き、詳細を伝える。するとその人は手早くどこかに電話を掛けて、手筈を整えてくれた。
最初からそうすれば良かったのでは。でもまぁ見るまでコンセントの状態なんて知らなかったしなぁ、と思いつつ手の中にある古い受信装置と新しい受信装置を弄ぶ。やはり餅は餅屋。素人が頑張るよりも専門家に任せた方が結局早いのだと実感しながら、埃のせいでくしゃみを零した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます