91.信用第一

 長いこと取り組んでいた仕事が終わった。今後の営業にも関わる非常に重要なプロジェクトとやらで、揃えられたメンバーも総じて「実力派」な人間ばかりだった。まぁそう言うと格好が良いのだが、要するに全員修羅場の数が多くて、口と手先だけで上手いこと稼動に導くのが得意なだけである。

 私の担当システムは、他のシステムと比べると前準備が非常に少ない。そのため他システムからは暇そうだと印象を持たれるのだが、稼働後の仕事量が非常に多い。医師相手に懇切丁寧に操作説明を行い、運用に合わせた挙動を相談されれば、それに相応しい解決策を示し、一人一人の要望に合わせて設定変更や調整を行う。なんというか、つまりは正解がないのである。正解がない中で、納得していただかないといけないので、これが結構難しい。

 そんなわけで、稼働前は人一倍暇だった。どれぐらい暇かと言うと、朝の九時に現場に入ったが、午前二時にはもうやることがなくなった。それぐらい暇である。電車は既になくなり、タクシーすらも通っていない。そんなわけで全然やることがない。

 暇なのを見抜かれて、別システムの人に「この人の面倒見てて」と年上の男性を押しつけられた。どこの案件でも持て余しぎみの人である。どうして今回来たのか、全く訳がわからない。

 暇なのでサーバの設定を見直していたら、その人が話しかけてきた。やることも出来ることもないなら、その辺で座っていてほしい。


「さっき端末を動かしたら、こういうエラーが出たんです。プロマネに聞いたら、ユーザ設定じゃないかと言うことだったんですが、どういうことですか」

「どういうことも何も、今切り替え真っ最中でネットワーク止まってるからでしょう」


 眠いので端的に返す。サーバの設定には神経を使うので、本当は話しかけてほしくない。


「なるほど。じゃあプロマネが言ったことは違うと」

「違うというか、別問題ってことですよ」

「つまり嘘をついたってことになりますね」


 ならねーよ。そんな言葉を寸手のところで飲み込んだ。そもそもプロマネの仕事知ってるのか。この巨大すぎてよくわからないプロジェクトを安全稼働に導くことだぞ。一つ一つが独立しているシステムの、状況に応じて異なるエラーに対して正解を出すことではない。

 大体、いい歳こいた大人が「言ってること違うから、XX君は嘘をついた」みたいな表現使うなよ。恥ずかしくないのか。お前は告げ口する中学生かなにかか。


「いや……嘘ではないでしょう。違ったというだけですよね」


 冷静に努めて返す。すると相手は嬉々とした顔で続けた。


「プロマネさんは誰と仲が悪いんですか? いますよね、仲の悪い人」

「はぁ?」


 中学生日記に出てくる揉め事大好き女子みたいなことを言い出したので、今度こそ不機嫌を声に出してしまった。仕事しに来てるんだろ。誰と誰が仲がいいとか悪いとか、凄まじくどうでもいい。殴り合いしようと口を利かなかろうと、稼働すれば大団円である。


「知りませんよ」

「じゃあサブマネは?」


 何したいんだ、この人。本気で意味がわからない。多分だが、もしここで「そうですねー、Bさんとは仲が悪いですよ」とか言ったら、他所で「淡島さんから聞いたんですけど、Bさんと仲が悪いんですって」とか言いふらすに違いない。

 物凄い勢いで信用度が下がっていく。この人と今後何かの案件で一緒になったとしても、何一つ信用出来ない。ここは山奥だが、今すぐ徒歩で帰ってほしい。


「やることないなら、作業を探してきたらどうですか」


 年上だろうとなんだろうと知ったことではない。ジロジロと意味もなくサーバを覗き込んでいる不審者を遠ざけるために冷たい声を放った。

 相手は何やら不機嫌な表情になって、その場を立ち去る。本当になんなんだあの人。よくまぁこの世界を生き延びてきたな。逆か。あぁいう性格だと疎まれても気付かないのか。

 そんなことを考えていたら、奥の部屋から別システムの担当者が顔を出した。


「いつ淡島さんがブチ切れて警察沙汰になるのかと思ったー。警察沙汰は勘弁してよね」

「そしたら麓までは降りれますよ」

「でもあの人意味わからないよね。何なんだろう」


 さぁ、と笑いながら返す。


「心底どうでもいいですね」


 信用が出来ない人間に興味などない。速やかに忘れることにして、サーバの作業へと戻った。暇だとしても、やることは自分で探せばいいのである。

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