92.慣れてないとわからない
病院に縁がない人も「CT」「MR」などは聞いたことがあるだろう。特にコロナ禍になってからは「CT検査で診断が……」などの言葉も多く交わされるようになっている。CT検査とは文字通り、CT装置を使った検査のことである。現場ではこれらの検査名称をよく用いるのだが、同じ検査でも呼び方が違ったりして新人を常に悩ませる。
先日、某病院で作業をしている時に別システムの担当者と話をしていた。ついでに傍にいた新人も話に加わっていた。
「この前、ブラキのところで操作説明した時に、淡島さんいたっけ?」
「いえ、いないですね。アンギオの導通していたので」
「あそこの奥にある二面わかる? あれを三面にしたいって言われて」
「小線源って三面にするスペースありましたっけ?」
「ない。だから血管造影のところのモニタアーム持ってくるしかないかなと思って。いけるかな?」
新人は何がなにやらわからないという顔をしている。ブラキ=小線源、アンギオ=血管造影だと私たちはわかっているので何も困らないのだが、新人にはさっぱりわからないだろう。ついでに言えば「二面」「三面」というのはモニタの枚数のことで、まぁこれは少々業務に携わっていればわかるかもしれないが、それでも初見だと難しい。
ついでに言えば私たちも、その時の話の流れで言い方を変えてしまっているので、昨日は「CR」と言っていたのに今日は「一般撮」とか言い出す。これで通じるのだから言葉というのは不思議だ。小説でそんなぶれた描写をしたら、両手でブーイングをくらうだろう。
こういうのは別にこの仕事に限った話ではないが、大抵の人間はこの仕事を始めるまでに医療系に絡みがないので基礎知識もない。まず基礎知識を入れるところからスタートするので、なかなか慣れない人もいる。
「さっきの話ってどういうことですか」
部屋を出たところで新人が訊ねてきた。
「モニタの話? 血管撮影室12にあるモニタアームを小線源に持っていけるかなって。見に行く?」
「あ、はい」
素直で真面目な新人は頷く。感心なことだ。私だったら面倒臭がって放棄する。
連れて行こうかと思った時に電話が掛かってきた。これから行く場所には電波がないので電話を掛け直すことは出来ない。ここで出るしか無い。仕方ない、アームの確認だけだし新人に行ってもらおう。
「アンギオの場所わかる?」
「わからないです」
「受付横から入ると一般撮が右手にあって、そのまま歩いていくとパントモ……歯の撮影する部屋があるでしょ。そこを左に曲がるとすぐにTVがあるけど使用してないから中に入っちゃって。その奥の骨塩検査の部屋の向かいにあるから」
そう告げてから電話に出る。相手はプロマネだった。
『手術室に行ってほしいんだけど、大丈夫?』
「いいですよ」
『それとブラキの三面の件は聞いた?』
「聞きました。今、新人にモニタアームの確認に行ってもらっているところです。後で結果聞いておきます」
電話を切って振り返ると、新人はもういなかった。フットワークが軽いのはいいことだ。そう思いながら私は、別棟にある手術室へ裏道を使って向かった。
後から聞いたところ、全く戻ってこない新人を心配して他の若手が探しに行ったところ、歯科撮影装置の部屋の前にあるテレビの前で困惑していたらしい。そう言えば、一番わかりづらいところを省略して教えてしまった。そりゃいきなり「テレビの中に入れ」って言われたら困惑する。立ち竦みもするだろう。
「結局、テレビって何だったんですか」
「透視撮影室のこと」
「わかるわけないじゃないですか……」
悲しそうな顔をする新人に手を顔の前に挙げて謝る。これでも一応気は使ったんだ。許してくれ。あとついでに、君の後輩が入った時に同じ過ちをしないように反面教師にして欲しい。
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