90.美辞麗句は不要
仕事の話でも書こうと思ったが、最近は五個くらいの案件を同時進行してるせいで、エッセイのネタになるようなことが発生しても、心に留め置く暇がない。そんな状態で書いたところで、エッセイの真髄を失うだけだ。書くことに意味があるのであって、読ませることに重きを置いてはいけない。上っ面の言葉はすぐにバレてしまう。酒の席での「部長まじパネェっす」が空虚に響くのと同じだ。
最近、新人が何か注意されると、毎回同じ言葉を返してくる。「~を理解出来ずに大変申し訳ございませんでした。指摘されたことを心に刻みます」みたいな内容である。毎日のように同じ謝罪文が来るので、全くもってありがたみがない。お前は何回心に刻んでるんだ、と聞きたくなるだけだ。
というか別に申し訳なく思わなくてもいいし、謝らなくてもいいのである。ただ私が伝えたいのは「定時までに成果物を指定のフォルダに上げろ」という内容だけである。なのに毎日忘れるか、上げても数が足らなかったりするので注意する。そうすると即座に謝罪文が来る。
注意されたことを怒られたと解釈して、兎に角許してもらうために謝罪文を出している。そんな印象である。しかし毎回内容が同じだから何の意味もない。私が欲しいのは謝罪ではなく、私が与えたいのも許しではない。ただ、指示されたことを守って欲しい。
五回目くらいまでは根気強く耐えていたが、二十回を超えたあたりで精神が萎えた。指導力の問題だと誰かが謗るなら、もうそれでもいい。その人に代わってもらうだけだ。そんな気持ちで謝罪文を見る。新人、いいか。メールの文をコピペしてそのまま貼るとな、書体もコピーするから一発でわかるんだよ。面倒だからって前のメールのコピペをするな。そんな言葉を飲み込んでメールボックスを閉じる。
窓の外は暗い。作業部屋の中は寒々しい空気が流れている。帰りたいのだが、まだやることは多い。積み上げられた段ボールの向こう側で、若手が叱られてる声が聞こえる。大量のモニタケーブルを束ねずに段ボールに入れたものだから、こんがらがってしまったらしい。断線する危険もあるからやめてほしい。お客様に引き渡すまでは、破損や紛失は我々の責任である。
「すみません」
「何がすみませんなの」
「ケーブルを危機に晒したことです」
なんか要人の護衛みたいなことを言い出した。仰々しい物言いに、注意した人も思わず苦笑している。まぁ危機は危機なので間違ってはいない。
言い方が多少可笑しくとも、反省の色は伝わる。定型文を投げ返されるよりはよほどいい。
「次は気をつけなよ?」
「はい、次こそはケーブルを守ります」
やっぱり護衛みたいなことを言った。頼もしくて涙が出そうである。
定型文の新人も、少しは個性を出してくれればいいと思う。というより、改善する兆しでもいい。成果物をフォルダに上げるのを三日間忘れないとか、そんなものでもいい。最悪、日報を出し忘れないとかでもいい。そうすれば謝罪文を出す回数も減るし、コピペしたものを送り付けるようなことも無くなるはずだ。
だがそれをどうやって伝えれば良いのかわからない。キツい言い方にならないように気を配ると、結局相手の謝罪文のような、どこかで聞いた耳障りの良い言葉を並べるだけになってしまう。そんなのは相手の頭に残らないだろう。「また先輩が怒ってる」くらいで処理される。上っ面の言葉は駄目なのである。
言葉は難しい。当たり前のことを考える真夜中。私の帰路はまだ遠い。
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