84.サボテン科らしい

 何か忙しいなと思っていたら並行で五つ仕事を抱えていた。どこから来たんだ、どうやって来たんだ。なんてマキバオーのベアナックルの実況を真似している場合ではない。普通にやることが多すぎる。人材不足を個人の馬力に頼る姿勢はどうにかしたほうが良いと、常々上司には言っているのだが、上司自身も馬力で回っているので解決の目処が立たない。

 最近割り当てられた新人は、どうにもこうにも字面に拘りすぎる。例えば指示をするためのメールに脱字や衍字があると、そこで理解を止めてしまう。「指定のデデータベースに」なんて文字があった時には「このデデータベースというものが何かわからず、三時間調べてました」なんて言ってくる。そのくせ日報は誤字脱字だらけだ。よくわからない。


 新人教育はまぁ置いておくにしても、五つの仕事についてはどうしたものかなと思いながら、水タバコを吹かしている。

 水タバコと言うと、ターバン巻いたオッサンが色鮮やかなクッションに胡座で座り込み、大きなガラス瓶みたいなのから伸びているチューブを咥えているイメージだが、流石にそれを家に置くほど切羽詰まっていないので、電子タバコを使っている。ニコチンとタールフリー、フレーバーがついたリキッドを加熱して、出てきた蒸気を吸うやつである。本物を吸わないのは、住んでいるところが賃貸だからである。じゃあタバコやめろよ、と聡明な方は言うかもしれないが、それとこれとは話が別である。

 水タバコの良いところは、煙を吐き出すので煙草を吸っている気分になることと、フレーバーである。家でアロマを焚いて気分を落ち着かせるように、良い匂いの水蒸気を吸って気分を紛らわせる。

 少しグリップの太い電子タバコを片手に、チョコレートの匂いがする水蒸気をプカプカさせていると、何となく高尚なことをしている気分になる。側から見たら、口から水蒸気を吐いているだけなので、高尚どころか新手の何かであるが、まぁそれはそれである。充電も簡単だし、あとは口に咥える部分だけ清潔に保つことを忘れなければ、健全な水タバコ生活を送ることが出来る。


 そんなことを同僚に言ったら、随分と興味を引いたようだった。次に会った時には、その手に電子水タバコを持っていた。


「いやぁ、これはいいですね。吸っている気分になりますし、周囲への迷惑も考えずに済む。いいもん教えてもらいました」

「何のフレーバーにしたんですか?」

「えーと、ドラゴンフルーツですね」

「ドラゴンフルーツ」


 あの紫っぽい、不思議な形の。


「美味しいんですか?」

「それが僕、ドラゴンフルーツの味知らんのですよ」


 そう言いながら、相手は電子タバコのスイッチを入れて、煙を吸い込んだ。確かに何かの匂いはするが、それがドラゴンフルーツなのかどうかはわからない。私もあの果物と親しくない。

 それよりも気になったのは排気量だった。軽めの火事ですか? と思うほどに相手は大量の水蒸気を吐き出していた。


「なんか凄いですね、煙」

「うーん、淡島さんと同じのにすればよかったかな。これが気になってしまって」


 私のより大きなそれを手で弄びながら相手は言った。


「ドラゴンなんとかってやつなんですけどね」

「あー……」


 さてはこの人、ドラゴンが好きだな。そんなことを思いながら自分の電子タバコのスイッチを入れる。ドラゴンフルーツとチョコレートは混じり合って、よくわからない匂いになりながら消えていった。

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