83.ストレートな訴状
評定面談の季節がやってきた。前の会社の時は査定面談だった気がする。要するに「お前が今年一年頑張ったかどうか確認してボーナスの是非を決めます」というやつだ。面談は面倒だが、金欲しさに仕事をしているので真面目に対応する。このご時世、金があって困ることはない。
「まぁ、淡島さんに関しては普段から仕事の内容もそれに伴う問題もフルオープンだから、あまり改めて聞くこともないんだよね」
上司がそう言って笑う。面談の枠は一時間だが、私の場合はいつも二十分掛からない。
「部下についてはどう?」
「どうって言われても」
数ヶ月前のことを思い出す。毎日残業、毎日阿鼻叫喚。心がすり減っていく部下たち。元からない心のスペースに悪徳を溜め込む管理職の皆さん。
「個別の人格に注視するほどの余裕なかったですよ」
「だよね」
「彼らが可哀想だなって思いましたけど、まぁそこに関しては我々の事前の見積もりの甘さとかですね」
わかってるよ、と上司が脱力した声を出す。
「だから部下は褒めておいたよ、すっごく」
「それで叱ったら人格疑うレベルですよ」
雑談にも似た評価を重ねながら、面談時間を費やしていく。とっくに主要な話は終わっているのだが、周りの目もあるのであまり早く切り上げることは出来ない。「淡島さんは二十分で出てきたのに、どうして私は五十分なんですか。そんなに問題があるんですか」なんて勘繰られたら厄介だからである。
「今の新人についてはどう?」
「どうって、見ればわかるでしょう。超苦戦中ですよ」
「だよね。いや、殆ど丸投げだから申し訳ないとは思ってるんだ」
「このままだと、早晩病んで会社来なくなるかもしれません」
「新人が?」
「いや、私が」
「それは困るな……。今淡島さんに抜けられたら俺が死ぬ」
上司は苦笑いをする。冗談だと思っているのだろう。何しろ上司とは一緒に地獄の釜を開けて、死にそうになりながら仕事をした経歴がある。あれで病まなかった人間が新人教育如きで病むわけがないと、そういう気持ちに違いない。
「そろそろ五十分か。何か他にアピールポイントはある?」
時計を確認して上司が言った。
「案件以外でも、こういうところを頑張りましたとかさ。こっちが高い評価をつけたくなるようなこと」
仕事に関して高い評価がつけば、それだけボーナスの額も上がる。逆に言うと仕事をしていないと判断された人はボーナスの額が下がる。単純明快なシステムだ。
私は今までの話を思い出しながら、相手が高い評価をつけるための言葉を口にした。
「私に低い評価をつけたら、困るのは上司ですよ」
「脅すな」
ボーナスが入ったら、新しい水タバコでも買おうと思う。
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