78.続・ハラスメント注意報
普段、現場で作業をしていると若手に構ってもらうことが多い。まぁポジション的に「偉くはないがそれなりに長く仕事をしている」奴なので、向こうも話しかけやすいのだろう。特に端末設置などの淡々とした作業では、暇つぶしに会話をすることも多いので、親しくなるのである。下からは割と好かれやすいのだが、上からは「相変わらず頭がおかしい」だの「変なやつ」だの言われる。理由はよくわからない。多分日頃の行いだろう。といっても別にそれで虐げられたりしているわけではない。多分あれは褒め言葉だ。そう信じよう。
現地作業二日目。端末の設定をしていると、若手の一人が声を掛けてきた。彼は今回、大量にある端末やらモニタやらを管理する役目を与えられている。
「淡島さん、その端末借りてもいいですか? 空いた時でいいんですけど」
「いいよ、どうぞ」
作業中のファイルを一旦保存して場所を明け渡す。こういうのは譲り合いが大事である。
「すみません。五分で終わりますから」
そう言いながら椅子に腰掛けた相手の横で、私は腕時計をわざとらしく見た。
「オッケー、五分ね。いーち、にー」
「ちょっと、やめてくださいよ」
「超えたらペナルティ」
「いやだー」
そんな和気あいあいとした会話をした、数十分後。少し上の人と別の話をしていた時に「ハラスメント」の話題になった。
「セクハラとかは気をつけようって思うよね」
「あー、じゃあセクハラだなって思ったら足蹴っ飛ばしましょうか」
「それは違う問題になるよ。そういえば、さっきB君と話してたじゃない」
「なんでしたっけ」
非常に忘れっぽい私に、相手は先程のやり取りの一部を再現してくれた。
「あぁいうのもパワハラに該当する可能性があるね」
え、あれが。
ただのふざけた会話だったと思うのだが。
いや、待てよ。こういうハラスメント問題は、してしまう側の意識の低さというか、価値観がアップデートされていないことにより発生すると言う。「自分が若いころはこの程度当たり前だった」という価値観のまま成長した結果、悪気なくハラスメントをしてしまう人が多いと聞いた。まさかそれか。私のちょっとしたお茶目が、若手から見たら「仕事で無意味な制限をかけるパワハラ」になるというわけか。これは大変だ。
「まぁ淡島さんのは問題ないけどね。例えばの話だから」
相手が呆気なく言うので、ちょっと肩透かしを食らう。なんだよ、脅かしやがって。割と考え込んでしまったでは無いか。
「でもそっちの上司さんも気にしてたりしない?」
「あぁ、上司ですか」
此処にはいない上司のことを思い浮かべる。最後に会ったのは一週間前。定時直前に申し訳なさそうに「少しだけ残業を」と言ってきたときだ。結果としてそこから八時間残業したので、少しだけとは何だったのか問い詰めたい。
「私のあれがパワハラなら、うちの上司が残業を告げるのだってパワハラだと思うんですよね」
「業務で必要なのは、また違うでしょ」
「……そういえば、前に私を無意味に夕方の五時に呼び出して、深夜三時まで何の仕事もないのに引き止めましたよねぇ」
相手が苦い顔をする。忘れてないからな、こっちは。
「あの時は淡島さん滅茶苦茶不機嫌だったじゃん……」
「あれで不機嫌にならない人いないですよ」
ちゃんと意図のわかる、終わりの明確な仕事ならば喜んで残業をする。私は「とりあえず引き止めとこ」みたいな残業が嫌いだ。
自分の仕事が終わっているのに、他が終わってないせいで帰れない状況も好きではない。あの同調圧力みたいなやつは、社会人になって長いこと経つが慣れない。最近は「他に作業ないから帰ります」で、さっさと帰る術を身につけたが、若い頃はひたすら苦痛だった。
そういう残業を強いるのは、多分残業ハラスメントとかになる。残ハラ。それは無意味な残業をさせる行為。
「あれ問題ありましたよ。今度言ってみようかな」
「いや、何でもかんでもハラスメントって言うの良くないと思う」
華麗なる手のひら返しをした相手を見据えながら煙草を取り出す。空には太陽。目の前には灰皿。開放的な環境で話すには陰鬱な内容である。
「それに、淡島さんが言ったところで説得力ないよ」
「なんでですか」
「この会社、残業や休出や徹夜や出張が駄目な女性って、すぐに病んでやめるじゃん。淡島さん、女性としてはどうかな? ってくらい全部何の抵抗もないメンタルの持ち主だって皆知ってるもん。無理無理」
色々と言いたいことはあるが、一先ずはそれを飲み込んで、足を蹴る真似だけしておいた。
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