77.勘を鍛える
仕事でよく使うのは「勘」である。「このあたりが怪しいな」とか「ここでエラー出してるかも」みたいな勘を働かせることが多い。ただこれは天性のものではない。ギャンブル漫画でヤマを張るのとはわけが違う。因みにギャンブル漫画は好きだが、自分に天性の勘はないとわかっているので、身の程知らずなことはしない。というか身近に運の良い人間が集まりすぎているので、自分の運の悪さや勘の鈍さに呆れ果てているとも言える。
仕事で使う勘は、そういう運的要素のものではなくて、つまるところ思考パターンだと思っている。「このボタンを押すと、この動作をする」「この動作はこれに繋がる」「結果としてこのデータが書き換わる」などのそれぞれの特徴を把握することにより、そのどこかでエラーが出た時に、エラーの場所を見つけやすくする。
もっと簡単な例えで言うと、ゲームで洞窟を探検していて、何やら奇妙な石像がバラバラな方向を向いているのを見つけたとする。ゲームすることが初めてだったりすると、何がなんだかわからないが、ある程度色々なゲームをしていたりすると「これは法則に従って石像の向きを変えるんだな」と思いつくわけである。
私が仕事で使う「勘」も、色々なパターンを想定して、「多分ここだろ」とアタリを付けているのだが、これは恒久的な能力ではない。油断すると能力が低下する。何しろ人間、仕事のことばかり考えて生きていられない。最近義眼を入れた山猫スナイパーのこととか、金髪の公安のこととか、左腕にサイコガンつけた宇宙海賊のこととか考えていないと生きていけないのである。そしてそういうものにうつつを抜かしていると、あっという間に勘が鈍って、久々にやった仕事で鈍くさい立ち回りをする羽目になる。
なのでそれを鍛えるために、スマフォで脱出ゲームをよくダウンロードしては挑戦することを繰り返している。あれは個人的に、仕事で役に立つアプリの筆頭である。
まずもう部屋の構造が意味がわからない。どういう設計の部屋なんだかわからない。設計士は強めに何かをおキメになっているのだろう。そういう部屋が脱出ゲームには多い。しかしこれで「意味分かんない」で止まってても仕方がない。バグを前にして理解不能だからと止まってても仕方ないのと同じである。
次に一つずつ家具などをチェックしていく。チェックしながら、「なんか記号書いてあるな」「意味有りげな配色だな」とかを記憶していく。どこに何があるのかを正確に把握していくのである。そのいくつかはすぐには役に立たないかもしれないが、重要なのは漠然と調べるのではなく、ある程度何がどこにあるのか把握することである。
そして床に固定された謎の箱に数字を打ち込む必要に迫られる。そこで「あの窓に書かれていた謎の数字かな」とか「数字に色がついているから、冷蔵庫の中にあった同じ色の缶の数かな」とか考えるのである。そんなトライ&エラーを繰り返して脱出する。
偶に脱出出来ないときがあって、泣く泣くヒントを見たりすると「ちゃんと見てたのに思いつかなかった」と悔しい思いをする。それで自分の頭の固さを認識出来る。仕事でも一つの考えに固執していると、解決しないことがあるので、そういう時に思考を切り替えようと思いつく練習にもなる。
そんなわけで脱出ゲームを愛用しているのだが、流石に人に薦めることは出来ない。まして会社の人など論外である。「仕事のために何かしていることはありますか」という問いに「脱出ゲームですかね」なんて答えたら、これまで以上に頭の出来を疑われる。
先日、一年目の新人に「参考にするビジネス書などはありますか」とキラキラした目で問いかけられたが、ビジネス書なんて読んだことがない。だが「脱出ゲームだよ」なんて答えるほど、親しい仲でもないし、もし言ったら本当にやり込みそうな雰囲気すら伝わってくる。
仕方がないので、半笑いで答えた。
「最近はかもめのジョナサンさえ読まなくってねぇ」
どうやら新人は「ブラック・ジャック」も「かもめのジョナサン」も知らなかったようだ。こういうのは勘とか運とかではなく、ただ単に趣味が合うか合わないかである。
※ブラック・ジャック 『コルシカの兄弟』より
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