76.副反応があれに似てる

 コロナのワクチンを受けに行こうと思って、住んでいる場所のワクチン予約サイトを見たら酷かった。カレンダーから受けたい日を選択して、それから券の番号などを入れるシステムなのだが、まず最初に「2回目のワクチンも一緒に予約しますか」みたいなことを尋ねられる。ここで素直に「はい」を押す。1回目の予約情報を入れて、2回目を選択する。同じように予約情報を入れて、「予約する」を押す。すると予約サイトは優しく教えてくれるのだ。


「1回目の予約枠が埋まりました」


 1回目を選択した時点で、仮押さえとかにならないのか。誰かが予約情報を打っていても早いもの勝ちか。それはあんまりだ。じゃあ1回目だけ取り消すかな、と思ったら、続けてポップアップが表示された。


「1回目の予約をキャンセルするには2回目の予約をキャンセルしてください」


 キャンセルボタンを押す。


「1回目の予約枠が埋まりました」


 内部のロジックは知るよしもないが、何をしているかは大体予想が付く。多分この地域に住んでいらっしゃる同業者は同じ気持ちを抱えているに違いない。このシステムを作った予算が低かったのか何なのか知らないが、テストパターンと動作想定が圧倒的に足らない。設計書段階ならこれでもいいが、テストしたかどうか疑問なレベルである。多分金をケチったのだろう。そう信じたい。公的なサイトが金をかけてこんな有様だなんて信じたくない。

 仕方ないので一回ずつ予約することにした。しかし、画面を変更する度に「2回目も一緒に予約しましょう」という喚起メッセージがうるさい。いいから、そのおしゃべりな口を閉じろ。


 どうにか予約だけは済ませたが、この時点で一時間ほど経過していた。最初に予約を取ったときには、かなり後の日付しか取れなかったが、後で取り直せばいいやと思っていたので、そのままにしておいた。周りは「もっと早い時に取らないと」「渋谷で接種出来るらしいから行けば」とか言ってきたが、大概の人間の考えることが同じであることは、あの渋谷の接種会場が証明してくれた通りである。後日、もう一度サイトをみたら近い日が空いていたので取り直した。


 そして当日。少し離れた駅にある、知らない病院へ歩いて出向くと、大きな文字で「ワクチン接種会場」と書かれた紙が貼られていた。少し伸びている列に並ぶと、数分してからゆっくりと列が流れ始めた。

 必要な書類の確認を終えてから、医師の問診を受ける。


「予防接種で気分が悪くなったことは?」

「ないです」


 記憶している限りはない。学生時代にある伝染病が流行った際に予防接種を受けたが、別になんともなかったので大丈夫だろう。因みに成人後に受けたのはそれだけである。

 接種用のエリアに連れて行かれ、空いている椅子に腰を下ろした。医師が注射器を用意しながら、色々と説明してくれる。「テレビで言われているほど痛くはないんですよ」「へぇー」なんて会話をしている間に接種が終わった。慣れてらっしゃる。


 待機場所で十五分ほどぼんやりしていたが、なんだか打った直後から目に違和感がある。いつもより視界がクリアに見える。なんだろう。血行がよくなっているわけでもあるまいし。あんまりに白いところが綺麗に見えるので、スマートフォンを消した。本でも持ってくればよかったと思いながら、十五分。特に他に異常はなかったので会場を後にする。


 白い。白いところが全部白い。いや、当たり前のことなのだが、彩度が増している。副反応で「視界がぼやける」というのがあったが、もしかしたら視力が悪い人間はぼやけた結果焦点が合っているのかもしれない。

 いつもより白い世界を歩きながら、駅まで向かい、無事に家まで戻った。家は元々白いので、何やら色々輝いていたが、一時間後には収まった。トイレが神々しくて用を足しにくかったので助かった。やはり視界はくすんでいるぐらいが丁度良い。


 そのままソファに寝転んでぐだぐだ過ごしていたのだが、ふと気づくと少し頭痛がした。打たれた方の腕も少し重い。本当にわずかなそれらを、わずかな眠気が曖昧にしている。この感覚は知っている。

 徹夜明けの気だるい体と一緒だ。

 少し明るい視界、動かす時にだるさを感じる腕、熱が出ているわけではないが少し火照る顔、眠気、頭痛。完全に徹夜明けだ。違うところと言えば、針を刺された周辺が痛いところぐらいである。なので、慣れ親しんだ感触に体は殆どダメージを受けていない。何ならスーツを着ていない分、今のほうが楽かもしれない。

 そんなことを思いながら、ソファに深く深く沈み込む。まぁとりあえずゆっくり過ごそう。徹夜明けと同じように。多分それで問題ない。軽くてよかった、副反応。2回目のほうがキツイらしいが、今はとりあえず考えないことにする。

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