79.端末の死因
会社のパソコンの調子がすこぶる悪かった。起動してすぐにブルースクリーンになって落ちてしまう。そんな状態のノートパソコンを前にして上司と二人で首を捻っていた。五年以上前に買ったらしいそれは、ぐるぐるとファンだけを回している。
「なんですかね?」
「動きとしてはメモリっぽいんだけどな」
「メモリ何枚差しですか?」
「元々は一枚で、後からもう一枚足したから二枚だね」
メモリとは、プログラムやデータを一時記憶するための主記憶装置である。ファイルの保存などに使うHDDやSSDなどの記憶媒体とは異なり、ファイルの保存をするために必要な機能を動かしたりするものだと思ってくれればいい。メモリが多いと色々なアプリケーションを同時に動かすことが出来る。要するに作業机みたいなものだ。作業机が大きければ色々なものを置いておくことが出来るし、その分やれることも増える。
ただ、メモリと端末の相性が悪いことがあって、そうすると端末自体が動かなかったり、逆に出来ることが少なくなる場合がある。多分それだろう、と上司は言ったわけだ。
「じゃあメモリ外しますか」
私はそう言うと、精密ドライバーを取り出した。乙女の必需品はドライバー、静電気除去シート、ゴム手袋である。
ノートパソコンをひっくり返すと、カバーを止めている小さいネジを片っ端から外して、磁石シートの上に並べていく。こうすればどこかに転がって消えたりしないので安心だ。失くなったネジはもう出てこない。
外し終わると、今度はマイナスドライバーをカバーの隙間に入れて梃子の原理で持ち上げた。「パキン」という音と共にカバーの一部が外れる。毎回ここで割れないか心配だが、今回も特に問題はなかった。パキパキと留具を外していきながら、何してんだろうなとふと考える。周りの他の社員たちは、パソコンの前でしっかり着座してソースコードを書いている。私は椅子の上でだらしなく座ったまま、パソコンを分解している。
別に作業自体は嫌いではない。自分がやれる作業ならやってしまおう、というタイプである。だから現地で稼働立会をしているときだって、呼ばれればすぐに飛んでいくし、端末の設置作業があれば喜んで手伝う。
今、社内でこの作業が出来るのは私と上司だけで、だったら私がやるのが合理的である。それはわかるのだが、一人だけ別種のことをしている気がしてならない。現地なら周りも皆同じような作業をしているので寂しくないのだが、今はただ孤独である。
カバーを取り外し、ホコリが入り込んだ基盤を覗き込む。メモリが二枚並んでいるのを見つけると、一枚を慎重に取り外す。メモリは精密機械なうえに小さいので、下手に力を入れればアウトだ。
抜き終わると、カバーを少しだけ嵌めた状態にしてひっくり返す。締め直すのは動作確認が出来た後だ。電源ボタンを入れると、少し危なっかしい音が聞こえた。なんかこれはいけない気がする。まぁかなり古い端末だからな、と思いながら静かに起動を待った。
「ピシュ」みたいな音と共に電源が切れた。
「落ちましたね」
「違うメモリだったんじゃない?」
「なるほど、入れ替えてみますか」
もう一度同じ作業をしてメモリを入れ替える。
何してるんだろうなぁ、とやっぱり思うが、深く考えたらいけない。プログラミング技術がないやつは、それ以外の能力で会社に貢献しなければいけないのである。
数分後、やっぱり同じように電源が落ちた。思わず溜息が出る。精密ドライバーを握ると、上司に声を掛けた。
いいか、専務に伝えろ。
今から私はこのノートパソコンを分解する。メモリ、SSD、CPU、一番最後にマザーボードだ。それが嫌なら別のパソコンを用意しろ。
そんな内容をオブラート十二単にして伝える。脅しである。因みに用意されてもSSDは取り外す。だってその中にほしいデータが入っているんだもの。こいつさえあれば他に用事はないんだもの。逆に言えばこいつを手に入れないことにはどうしようもない。世の中は非情である。
しかしこれは単なる脅しではない。中のデータを取得することは、すなわち会社のためでもある。会社への貢献だ。皆がソースコードを書いて会社の利益を生むように、私は専務を脅すことで会社の役に立つ。
本当に何してるんだろうな、自分。考えたらいけないのだが、疑問が浮かび上がっては消えていく。後輩たちもこのポジションにはなりたくないだろう。
私の切実なる想いが届いたのか、別の端末の使用許可が出た。言ってみるものである。専務も人の子だ。私の熱意に負けたのだろう。
因みにノートパソコンは駄目だった。二度と立ち上がらなかった。最後の遺言は「ピシュゥゥゥ」だった。
会社には「オーバーヒートですね」と報告したが、多分死因は私である。ご冥福をお祈りする。
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