70.闇堕ちと書いて
久々にデスマしていて、なかなか創作へ時間を振ることが出来ない。連日、朝七時から夜十時まで慣れない作業をしながら、三つも四つも並行確認していると、脳みそと精神がごりごりと削れていく。こういう状態で書いても楽しくない。なので小説の方は今週は諦めた。来週出来ればいいなと思っているが、期待は薄い。
「栄養ドリンクで目を覚ます方法は、凍った缶を眉間に叩きつけることだよ」と私の頭の中の天使が微笑んでいる。力加減を間違えれば覚醒どころか永眠である。そこに至るまでの道はまだ遠いと信じて、冷えた栄養ドリンクをストローで啜る日々だ。
毎日毎日繰り返される会議は、「やべぇ」「もっとやべぇ」「さらにやべぇ」の三種類の議題しか出ない。部下たちのライフはもうゼロなので、管理側の人間が頑張るしか無いのだが、それもそろそろ限界である。原因はたくさんある。沢山ありすぎて、どれが何の原因になっているかも不明だ。いくつもの原因が降り積もり、巨大な山を作り上げてしまった。
しかしこの山は登らないといけない。トンネルを開通するわけにもいかないし、引き返す道もない。部下たちが嘆き苦しむのを、せめて最小限にするのが私達の責務である。
「この作業、誰が拾う?」
部長の声がイヤホンから聞こえた。目の前のモニタには「想定していなかったけど、やらないとまずい作業」の一覧が共有されている。その下にはオンライン会議参加者の、それぞれの疲れた顔が映っている。
「若手一人入れてみる?」
係長がそう言うのが聞こえたが、即座にリーダーが否定を返す。
「無理ですよ。簡単そうに見えるけど、若手には難しいです」
「じゃあ私やりますか?」
口を開くと、全員が考え込む声が聞こえた。そして部長が私に尋ねる。
「出来る?」
「技術的には可能ですね」
「いや、納期までに。今、淡島さんの作業どれぐらい?」
「えーっと」
作業を管理するためのページを開き、そこに表示されている自分の作業と、その作業率について確認する。
「200%ですね」
「無理無理。やめよう」
と言っても、他の人たちも総じて同じぐらいの数値の筈である。
どうすべきか。作業はしなければいけないが、作業をする時間がない。何より困ったのが、残っているものは全て同じぐらいの優先度で、後回し出来るものがない。
長い沈黙。皆、どうすればいいのかはわかっている。わかっているし、全員「それ」が出来る。だが、出来ることなら「それ」には手をつけたくない。そんな想いが画面越しにひしひしと伝わってくる。
やがて、部長が口を開いた。
「土曜と日曜合わせたら、四十八時間ある」
遂に休日に触れてしまった。そんな後悔が部長の顔に浮かんでいる。
「淡島さんは四十八時間のうち、どれぐらいいける?」
「連続なら三十五時間が限度ですね」
「わかった。俺もそれが限度だな」
深いため息をついたのだろう。マイクを通してザラザラと音がした。
時間はないけど仕事はあるなら、休日出勤と徹夜しか手は残っていない。会社の上層部に「反★働き方改革」と呼ばれている屈辱からなんとか逃げ出そうと、ここ一年ぐらいは頑張っていたのだが、もはや限界である。
「部下にはさせられない。余程大きな過失以外は」
「じゃあ俺達がやるしかないですね」
これがロボット戦闘もので我々が渋めのオッサンだったら、ちょっとは絵になるかもしれないが、全員疲れ切った一般人だし、舞台は小さい会社である。世の中、そうそうドラマチックなことはない。
「細かい計画は金曜日に立てることにして、今日は解散」
「お疲れ様でした」
「お疲れ様でした」
挨拶とともに会議室から抜ける。イヤホンから気の抜けた「プツン」という音が聞こえた。パソコンに表示された時刻は、午前一時。頭も痛いし指も痛い。
あともう少し頑張るために、栄養ドリンクを手に取った。そろそろこいつを頭に叩きつける日も近そうである。
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