68.任務遂行ならず

 ジェネレーションギャップに挫けずに新人の教育をしていたわけだが、残念ながら完遂には至らなかった。

 作業日報が二行で終わり、しかもそれに一時間かかるあたりから嫌な予感はしていたのだが、日報の報告漏れについて尋ねたら「すいません、こないだゆったとうりです」という返信が来たあたりで確信に変わった。これは社内で旧人が育成する枠を超えている。


「筆記とかしなかったんですか?」

「最近はマークシート形式だから、多少補正されちゃうんだよ」

「面接は?」

「オンライン面接だったんで」


 採用担当の人がそう言った。まぁ、オンラインとオフラインは勝手が違うから、ちょっと受け答えに疑問が湧いても「オンラインだからかな」で流してしまうのかもしれない。


「チームに若い戦力加えたかったから、真面目で意欲のある子を選んだんだけどな」


 真面目で意欲がある。

 あまり馴染みのない言葉に変な声が出た。


「何言ってんですか。チームメンバ見てくださいよ。そんなのいないでしょ」

「いや、でも新しい風も必要じゃない?」


 そんなの今まで何人もいた。若く、上の言うことに素直に頷き、言われたことをきっちりやろうとする真面目な人材。

 もう誰一人残ってはいない。皆どこかに行ってしまった。


「真面目だと反省して考え込んだりするから、相性悪いんですよ」


 言われたことに反省はしても、逐一真面目に落ち込んでたら身が持たない。何しろこの業界、資料のホチキスの止める角度ですら分度器を持ったお客様に大激怒される原因となる。例えばそこで「こんなミスをしてしまった。自分は駄目な人間だ」と落ち込むより「変なこと拘ってんなー。ま、いいや。煙草でも吸いに行こ☆」みたいな人間の方が長く続く。どうせ翌週には句読点の数で怒られたりする。


「まぁ……次はもう少し、自我が強そうな人にしようかな」


 それがいいと思うが、あまり自我が強すぎても、今度は上と衝突してしまうのでほどほどにお願いしたい。下手したら喧々囂々殴り合いである。全員それなりに互いと衝突しながら、仲良く今日まで続いているが、次もそうとは限らない。


 採用というのも大変だと思う。筆記や面接をいくら重ねたところで、まだ働いていない人の内面的な適性を図ることなんて出来はしない。結局、最後に物を言うのは直感だとか、ある種の覚悟だろう。


 私が配属された時は、先輩が「淡島さんでいいんじゃないですかね。他の新人よく知らないし」と言ったので選ばれただけだが、案外ここまで続いている。この場合、先輩の直感が良かったのか、運が良かったのか、あるいはどちらの要素もあるのかは不明である。


 幸いにして、まだ部下を直接選ぶようなことはないのだが、いつかそういう機会が来たら、直感を頼るべきか運を信じるべきか、あるいはいっそのことマニュアル的にすべきか決めるべきだろう。

 多分運任せにはしないほうがいい。私の運の悪さは折り紙つきである。今日もこの編集ページを開くまでにブラウザが三回クラッシュした。招き猫とかが面接に来たら、速攻で採用するのにと思う。志の低い社会人である。

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