67.廃棄物は電気羊の役に立つか

 久しぶりにFerenOSを起動した。今までは全部iPadで書いていたのだが、やはりノート型端末のキーボードで書く爽快感は他に代えがたい。といってもこのノート型端末も、五年以上前に某ディスカウントショップで二万五千円ぐらいで買った型落ちにOSだけ流し込んだものだから、最新のものに比べると格段にキーボードの質は落ちる。

 だがまぁ、書くものによって小説やエッセイが評価されるわけではないから、まともにキーボードとマウスが動くだけ良しとしよう。雪舟は液タブを選ばずというやつである。


 家には会社からの貸与PCを含めると七台ぐらい端末があるのだが、そのうち使っているものは極わずかである。引っ越しもしたことだし、そろそろデータの整理をして廃棄しようと考えている。別に置き場所には困らないのだが、電子機器を放置するのも怖い。


 仕事では、パソコンの廃棄などもよく行う。早い話、病院に新しいシステムを導入するときには、余程慎ましく暮らしている院でも無い限りは端末やモニタも一気に入れ替えるので、大量の「ゴミ」が出る。誰が捨てるかについては案件によってばらつきがあるが、基本的には「その端末を納品した会社」である。前回導入したのが自分の会社なら、廃棄も一緒にやるというわけだ。

 その古い端末を現場から引き上げるまでは、新しい端末が手元にある。頑丈なダンボールに包まれて、しっかりと積み上げられている。つまり、仕事をするのはそのダンボールの間だ。椅子やテーブルなんて高尚なものは、前世で徳を積まないと得られない。

 サーバ室の床に座り込んで端末をダンボールの上に載せて仕事するなんて序の口で、壁に寄りかかって膝をテーブル代わりにしていることが圧倒的に多い気がする。それでも仕事は出来るので困らない。ちょっと腰と足が痛くなる程度である。


「廃棄モニタないかなぁ」


 いつものようにダンボールとダンボールの間で野生のシステムエンジニアと化していると、リーダーがやってきた。


「モニタ使うんですか?」

「課題管理の一覧を皆で見るためにモニタが欲しくてさ」


 廃棄予定のものを一時的に現場で使うこともよくある。現場を飛び回っている私達は小さいノート型パソコンしか貸与されていない。にもかかわらず、現場ではサイズの大きいファイルやら図面やらを見なければいけないので、モニタを使いたくなるのだ。


「午前中に下の階のモニタは廃棄されちゃったんだよな。こっちに残ってないかと思って」

「一緒に持っていっちゃいましたよ。あー、でも一台だけ残ってます」

「それでいいよ」


 持ってこいと促す相手に、私は少し躊躇した。


「いや、あれはちょっと」

「何? 壊れてるとか?」

「壊れてないですよ。多分見たほうが早いです」


 ダンボールの海をかき分けるようにして、サーバ室の奥へと向かう。山積みのキーボード。グラフィックボード。何かのコードが大量に入ったダンボール。そんなものばかりが置いてある埃っぽい空間の先に、そのモニタはあった。

 リーダーはそれを見た途端に眉を寄せる。


「おい、これって」

「マンモグラフィ診断用、5メガピクセルモニタですね」


 両手を広げて抱え込むような大きなモニタ。型が古いので重さは優に十キロはあるだろう。マンモグラフィで必要な画素数は通常のレントゲン写真とは比べ物にならないほど多い。そのため、それに見合う画素数を備えたモニタが必要になる。


 画素数が高いモニタは一般的には喜ばれる。携帯電話やデジタルカメラでもよく「高画質高画素」なんて謳われているから、一般的には「高ければ高いほど良い」と思われているかもしれない。しかし、ある分野に特化して画素数が高くなったモニタというのは、普通の用途に用いることが出来ない。


 画素数とは解像度。つまり小さいものまでハッキリくっきり見たい場合に解像度は高くなる。マンモグラフィでは小さな病変を乳房の中から見つけるために、高い解像度を要求される。

 そんな画面に普通のファイルを映し出したら大変なことになる。通常のモニタで見る大きさの約半分ほどになってしまうのだ。おまけに高精細だから、白いところはギラギラと輝き、見るものの目を雪焼け状態にする。


「ファイルを超拡大したらいけるかな?」


 あきらめないリーダー。どうしてもモニタが使いたいらしい。

 なので私は優しく告げた。


「これ、モノクロですよ」


 数時間後、リーダーは廃棄予定のプロジェクタを使い、壁にファイルを映し出していた。

 多分あぁいう臨機応変さが上に立つ人間の素養なのだろう。そんなことを思いながら壁に映された課題表を見る私の後ろで、あの大きなモニタは「ゴミ」として運び出されていく。どんなに優れたものでも、どんなに高く買ったものだろうと、使いみちが失われたものはゴミにするしかないのである。

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