64.行くべき先を忘れた

 荷物も大体片付いたので、そろそろ小説の方も着手しようと思っているが、肝心のそれが半年放置してしまったものなので、「次に何をするはずだったか」「このキャラは何をするつもりだったか」がなかなか思い出せない。まぁ焦らずに書いていこうと思う。


 駅から少し離れた場所に引越したので、自転車を購入した。車は全然自信がないが、自転車は乗れる。中学生の頃は毎日自転車で通学していたから、多少のブランクも大したことはない。

 中学校は、複数の小学校が合同となっており、各小学校の区画は川に沿うようにして、横並びになっていた。横並びになった一番端の区画に中学校があった。私の住む区画は、それとは逆端だった。そして、その中でも一番遠い場所に住んでいた。要するに、中学校まで一番遠かったのである。直線距離にして五キロ。しかも生徒は大きな道を使ってはいけないとされていたので、裏道を使っての通学である。三十分ぐらいかかった。遠い。もう本当に遠かった。夏休みの部活の帰りなんて、何であんなところに家建てたんだよ、と江戸時代に住み着いた先祖に軽く毒づきたくなったくらいである。それでも毎日朝練には行ってたんだから、過去の私は真面目だったのだろう。主に内申点のために。


 そうやって内申点を稼いで入った高校は、引越し先からすぐ近くの場所にある。仰げば尊しなんとやら。大学の時に教育実習で行ったのを最後に足を向けていない。そうして取った教員免許は、今後も役に立ちそうにない。


 そういえば、高校生の頃は隣の駅まで歩いて移動していたなぁ、とふと思い出した。高校の最寄り駅には何もなかったが、一駅歩けば少し大きな商店街があったのである。高校生からしてみれば、夢のある栄えた場所だった。

 ということは、自転車が手に入った今なら簡単に移動出来るのではないだろうか。そう思い立って、自転車を漕ぎ出した。


 いくつか道を曲がると、見覚えのある通りに出た。ここは昔「彼氏彼女持ちしか歩いてはいけない」と言われていた道である。どういう道だ。まぁ一種の慣例なのだろう。因みに私は在学中、ついに一度も歩くことはなかった。

 プライドのために言うなら、下駄箱にラブレターを突っ込まれていたことはある。他のクラスの知らない生徒から。知らないから返事のしようもなくてそのまま捨てた。淡い青春の一ページである。


 知っている道に出れたので、そのまま記憶と足が赴くまま通りを進む。「確かここで曲がった気がする」「このフェンスの並びは見たことがある」とぼんやりとした記憶を頼りに進んでいく。確か高校生の時は徒歩で三十分も掛からなかったから、自転車ならすぐに十分程度だろう。そんなことを考えながら進んでいった先で、いきなり過去の記憶が途切れた。


 見覚えのない三又の道。どっちに進めばいいのか全然わからない。携帯でもあれば調べることが出来るのだが、生憎思いつきで出てきてしまったせいで持っていない。

 後ろを振り返って見える、赤いポストには見覚えがあるのに、この三又には全く覚えがない。少し自転車から身を乗り出してそれぞれの道の先を見るが、やっぱりわからない。

 適当に進んで見てもいいが、場所柄、うっかり私有地に突っ込むかもしれない。高校生なら許される行動も、社会人では立派な不審者である。

 どこかで道を間違えたのか、それとも本当に記憶から消してしまったのか。思い出してはいけない封印した記憶とかだろうか。あるいは単純に友達の後ろをついて行って移動していたせいか。わからないながらも、一旦引き返すことにした。コロナ禍のご時世、自転車で徘徊するのもなかなかリスキーである。

 あの道のどれを進めば、懐かしい道に続くのか。とりあえずは携帯で調べながら、ゆっくり思い出すことにする。何事も急いては事を仕損じるというやつである。

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