65.ハラスメント注意報

 部下から「仕様の確認したいから、オンラインお願いします」という連絡が来たので、オンライン会議を開いた。医療系ということもあって、言葉や用途が一般的では無いものが多く、そのために開発する側が混乱することがある。とはいえ、そこまでいちいち思いやって仕様書なんか書かないから、「疑問があったら聞いてね」と伝えている。


「これ、「検査を実施しない場合はデータなし」ってあって、その後に「入力がない場合は0」とあるんですが、どっちですか?」

「0っていうのは、検査の結果0でしたという意味で、実施しないからデータなしとは別物なんだよ。勝手に0入れると、データ改竄になるからね」

「なるほどー、ということは……」


 そんな感じで確認はサクサクと終わり、そのあと何となく雑談となった。発注先への愚痴を零す相手に相槌を打ちながら耳を傾ける。


「すみません、なんか愚痴っちゃって」

「気にするなよ。仕事のうちだ」


 テレワークは孤独なので、愚痴やらストレスやらを溜め込むのは良くない。一応、役職と年は上である人間が話を聞いてやるのも、仕事の一環である。


「でも淡島さん、新人教育もやってるんじゃないですか?」

「まぁ人手不足でね」


 四月に入った新人一人を指導するように言われたのだが、ジェネレーションか性格か、あるいはどちらもが離れていて苦戦している。前日に「報告書を一行で終わらせないように。速さじゃなくて正確さが大事だよ」と伝えたら、その日の二十時まで勝手に残業していて頭を抱えた次第である。

 といっても、自分だって入社したころはパソコンの使い方どころかダウンロードという概念すらわからないポンコツだったので人のことは言えない。


「厳しくするのも最近は難しいでしょ。ハラスメントに抵触するかもしれないし」

「でも、自分も淡島さんに指導受けましたけど、すごい優しかったですよ。甘やかされて育った記憶があります」


 優しかったのは口調と態度だけで、求めているレベルはかなり高かったのだが、それは言わないでおこう。結果、成長しているので無問題である。


「ハラスメントといえば、この前協力会社の人に「D君に対する態度はパワハラになるんじゃないか」って言われてね」

「え、Dさんですか?」


 Dとは後輩の一人である。

 先日、某病院で仕事をしていた時に何度か会話をしただけなのだが、それを見ていた人に指摘を受けた。


「何かしたんですか?」

「いや、移動するのに何か食いながら来たから「食ってから歩くか、歩いてから食え」って言っただけ」

「それパワハラですか?」

「真っ当な注意のつもりなんだけどな。私の口調が荒いのは認めるけど」


 カメラをオフにしているので、相手に見えないと知りながら、私は手首から先をヒラヒラと振る。動作しないで話し続けるのも疲れるのである。


「Dさんは何て?」

「いや、「この人がパワハラだって言ってたんだけど、違うよな?」なんて聞いたら、それこそパワハラだよ」


 大体、と私はその日の午前中にあったやりとりを思い出しながら続けた。


「あの会社のマネージャーが別の協力会社の若手のことを「あいつ、本物の馬鹿だな!」って言ったことのほうが問題だと思う」

「それは完璧アウトじゃないですか!」


 しかしそれは許されているのである。曰く「別の会社の人相手だからいいんじゃない?」らしい。良くはないと思う。それが良いのなら、私だって色々言いたいことはある。


「要するに、言い方や言い回しには気をつけようってことだね」

「そうですね、私も気を付けます」


 良い部下を持って幸いである。君が部下を持つようになっても、その心は忘れないでほしい。でもあまり優秀に育ちすぎると、うちみたいな小さい会社を抜けてしまう可能性もあるので、それはそれで少し悲しいなと思う。


「ところでDさんは何を食べていたんですか?」

「ねるねるねるね」

「それはもっと怒っても良かったんじゃないかと思います……」


 そうは言われても、怒るのも才能の一つなので、その才能がない私には難しいのである。だから、「食ってから歩け」と言えただけ褒めてほしい。そんなことを考える五月の下旬。五月病とは無縁に生きている。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る