63.引越し風景

 引越し作業がひと段落した。今度の家は和室を洋室にリフォームした内装で、押し入れと天袋が付いている。収納が多いと嬉しい。なんちゃってミニマリストの真似事とかも出来る。ただ、襖が邪魔なので取り払ってしまい、カーテンでも付けようかなと思っている。引っ越し後はいつだって夢が膨大するものだ。


 引っ越しと言えば、病院の引っ越し作業にも何回か立ち会ったことがある。大抵は古い病院とは少し離れた場所に新しい病院を建てて、そこに一気に物と人を運び込む。何しろ病院である。「CT装置は新しい病院に先に持っていったので撮影出来ません」なんてことがあると困るし、「建て替えるから入院している人はすぐ退院してくださいね」なんてことも軽々とは出来ないのである。近隣に同等の施設があれば話は別だろうが、そこについて話したいわけじゃないので割愛する。


 私たちのようなシステムエンジニアは、サーバの移動やら端末の再設置やらで引っ越しに参加することが多い。端末はまだしも、サーバとなると人に任せることが出来ないので、他の装置などと一緒に運び込んで再設置などする。

 ある病院では、引越し作業に自衛隊も参加していた。灼熱の太陽が照りつける真夏だというのに、迷彩服にヘルメットでキビキビと動いていた。流石である。床や壁を傷つけないための養生も、重いダンボールの運搬も、いっそ呆れるほどに早い。書籍がぎっしり詰まったダンボールを台車に乗せ、なおも手間取っている自分たちとは雲泥の差だ。

 「すごいですねぇ」なんて言いながら地道に自分たちの作業を進めていると、突然大きな音が響き渡った。バリバリバリバリと、乾いた薄い板を連続して破るような音である。一緒に作業をしていた人が、不思議そうに音のする上空を見上げた。


「何の音?」

「ヘリですね。ヘリコプター」


 私はそう言いながら、窓の外を見る。少し離れた場所に作られたヘリポートに、機体が着地しようとしているのが見えた。所謂、ドクターヘリというやつである。遠隔地から患者を搬送するために使うものだ。

 どうでもいいことだが、私は生まれ育ちが基地のすぐ傍だったのでヘリの爆音とかはさほど気にしない。音はわかるが、煩いと思わない程度には慣れている。一緒に作業をしていた人は慣れていないらしく、窓から少し距離を取った。


「すごい音がするんだねぇ。今回から導入されるのかな?」

「いや、前の病院からありましたよ」

「だって前の病院って思いきり住宅地の中でしょ? 降り立つ場所なんてないじゃない」

「だから、屋上に」


 そう。引越し前は築年数推定四十年越え、勿論ドクターヘリ導入前から存在した建築物の狭い屋上に、ヘリがナイステクニックで着地していたのである。そんな状態だったから、ヘリが到着する度に、その直下のエリアが微振動していた。着地というか、もう降臨に近いレベルだった。

 今回はヘリポートが最初から作られているので、かなり悠々と着地しているように見える。便利に使えるのは良いことだ。


「というか奥に逃げないでくださいよ。こっちの荷物たくさんあるんですから」

「通路側の荷物は後でもいいんじゃないの」

「何を言っているんですか」


 私がそう言う背後を、自衛隊の方々が足早に通り過ぎていく。窓の外には救急車が行列を作っていた。


「今から入院患者さんが一斉に通るんだから、通路開けないと怒られますよ」


 医療は正確迅速に。引越しだって同じである。


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