62.多分違う釜の飯食ってる

 それはある日のこと、ふとした瞬間に訪れた。

 いつものように昼休みにスーパーに行き、何の気なしにうろうろしていた時のことである。何やら足に違和感を感じた。


 歩く。歩く。曲がる。むにっ。

 歩く。曲がる。しゃがむ。むにっ。


 内股と内股が接触している。そしてなにやら摩擦が生まれている。

 平たくいうと脂肪だ。脂肪がついている。気付いた途端に、手に持っていたチョコレートを落としそうになった。

 チーズハンバーガーをストゼロのツマミにし、食事を作るのが面倒でポテトチップスを口にし、テレワークのお供に板チョコをサイダーで流し込んでいた生活のどこに問題があったかさっぱりわからないが、とりあえず改めることにした。

 体重はあまり変動していないと思う。要するにテレワークなどなどの影響で筋肉が脂肪にジョブチェンジしたのだろう。


 色々調べたら、糖質制限が昨今流行りのようだった。糖類をなるべく取らないことにより体重を減らすらしい。流行りだけあって、確かにスーパーの商品にも「糖質オフ」だの「糖類削減」だのの文字が目立つ。炭水化物や砂糖の摂取を避ければ、肉やチーズを食べる量に制限はないらしい。

 ではやってみよう。そうしよう。


 鶏肉とチーズと卵を主体とした食事に切り替えて、毎日浴びるように飲んでいたカフェラテを控えて麦茶に変更した。最初は周囲の誘惑に負けないか心配だったが、意外と自制が効く方だった。お菓子を見てもカフェラテを見ても、すぐに欲望を抑え込める。元々、チーズと卵が好きなのでそこの制限がなかったのが大きい。


 しかし困るのは、昼食が食べられない時である。食べられない時は我慢出来るのだが、何か口にしないと私の中の百のけだものがチーズハンバーガーセット(飲み物はコーラ)を欲して暴れだすので、ちょっと辛い。

 外でも簡単に小腹を満たすものがないかなーと思って探していたら、アメリカのプロテインバーを見つけた。スニッカーズみたいな食感で、がっつり甘いにも関わらず糖質は低めでタンパク質も摂取出来るという謳い文句。十二種類の味が楽しめるバラエティパックが売ってたので買ってみた。

 ネットで注文してから数日後、無事に手元に届いたプロテインバーを箱から取り出すと、日本ではまず見ないデザインと写真でパッケージされたものが出てきた。流石はアメリカ。可愛い。可愛いものは正義だ。


 だがしかし、味の方は可愛いとはちょっと程遠い。不味いというほどではないが、平素食べているお菓子のような美味しさではない。甘さの抜けたスニッカーズみたいな、そんな風味である。でもまぁ面白いので毎日一本ずつ試している。十二個食べて美味しかったものを、改めて箱で注文しようという魂胆だ。


 先日も「キャラメルチョコレート味」を食べながら、会社の先輩にダイエットをしていることを話したら「あー」と言われた。


「入社した時、今より細かったよね」

「まぁ大体の人はそうじゃないですか?」

「いや、なんかあの頃は異次元の細さだったよ」


 ちゃんと三次元にいます。

 というかそんなに度を越して細かった記憶はないのだが、先輩は私と誰かを間違ってはいないだろうか。席の隣にあった観葉植物とか、コート掛けとかじゃないですか。大丈夫ですか。


 コツコツと続けていたら、内股のむにっとした部分が減ってきた。誰かに自慢したかったので妹に伝えたところ、相手も糖質制限をしているということだった。離れて暮らしているのに、偶にやることや買うものが被る。流石は同じ親から生まれて同じ釜の飯を食った姉妹だ、と思っていたら、続けてこんなメッセージが届いた。


「昨日も夕飯に、ラーメンとスパゲティとピザのMサイズ食べたんだけど、まだお腹空いてたからビールは糖質オフにした」


 それで何でお前は私より痩せているんだ。

 同じ親から生まれて同じ釜の飯食って育った姉妹なのに解せない。そんな気持ちを噛みしめるように今日もプロテインバーを口にする。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る