61.戦って、死ね

 最近、階下に住むYoutuber(仮定)がいよいよ煩くなってきた。去年あたりから夜中にゲームをしながら絶叫していて、管理会社がいくら注意しても一週間でお忘れになるらしく、再び叫び出すことの繰り返しだった。

 まぁ今年で丁度、今住んでいる部屋の契約も切れるし、コロナ禍で収入なども不安なので、もっと安いところに引っ越すことにした。今は都心に近い場所にいるのだが、同じ路線をもっと下った場所、要するに少々田舎の方に居を移そうと思った次第である。あっちのほうならYoutuberはいないと思う(偏見)。


 別にYoutuberが嫌いなわけではないし、ゲーム実況も好きなのだが、深夜二時や三時に「ぶっ殺してやる!」なんて叫んでいる奴の近くに住みたくはない。因みになんでYoutuberだと決め付けているかと言うと、そいつが叫んでいる時間に、同じ内容を叫んでいるゲーム実況のライブ配信を見つけたからである。詳細を聞き取ったわけではないが、まぁ多分こいつだろうなと思っている。


 引越し先は四月にしてはあっさりと決まった。今より家賃が安くて広い。何が良いって、風呂場に窓がある。風呂場の換気はやはり窓が良いし、雨の日などは雨音を聞きながら風呂に浸かりたい。

 生まれ育ったのは片田舎で、敷地内に家が二つと風呂が一つ建っていた。昔の家だから最初は風呂が作ってなくて、外に増設したのである。そんな家だった。一つの家は蚕部屋も兼ねていたから暑かったのを覚えている。私が産まれる前は豚小屋もあったらしいから、もうなんか自由な家だという感想しか出てこない。

 そんな環境で大きくなると、マンションやアパートという存在にちょっとした憧れを抱く。でもそれはせいぜい未成年の時で、歳を重ねると田舎に戻りたくなる。いやまぁ、田舎と言っても今住んでるところから電車で一時間も掛からないのだが。とりあえず、都会の喧騒から少し離れたいと思った次第である。


 そんなこんなで引越し先を決め、引越し業者に怒涛の値切りを行い、あとは荷造りやライフラインの契約変更をするだけとなった。

 順風満帆に思えた引越し作業。しかしそれは突然訪れた。


 洗面台が割れた。


 朝起きたら割れていた。ヒビとかじゃない。貫通していた。無慈悲なヒットマンが銃弾二発撃ち込んだみたいになっていた。

 ぴぇぇぇええ、なんでぇぇえええ???? と焦りながら、とりあえず眼鏡をかけた。視力は裸眼で0.02。眼鏡を掛けないと何も判断出来ない。

 割れた箇所の横に何かが転がっていた。化粧水を入れているボトルである。洗面台の上の棚に置いていたものが落下したらしい。マジか。このタイミングでやらかしたか。こういう時に自分の運の悪さを噛み締める。何か憑いているとでも思わなければやっていられない。エコエコアザラク。


 契約書を引っ張り出して目を通す。割と目立つところに「汚損等については退去時の自己申告とします」と書いてあった。

 ということは黙っていればいいのだろうか。

 でも流石にこれ黙っているのは気が引ける。それに「すげぇ損壊の場合は別途請求の可能性が」みたいなことが書いてある。退去後に「これは見過ごせないから払ってくれ」と言われるかもしれない。それに穴空いている状態で使って、他の家財に影響が出たら嫌だし。

 色々な葛藤の末に管理会社に連絡したら、「物を落とされて割ったということなので、弁償の対象となります」と言われた。


 いや、違うんですよ。確かに私の物が落ちて割れました。それは認めます。でもそれだと「私が化粧水のボトルを自ら手で掲げて洗面台に叩きつけた」みたいじゃないですか。違うんですよ。あいつ勝手に落ちたんですよ。そこは私のちょっとよくわからない拘りですけど、違うって言いたいんですよ。同じ戦場で死ぬのでも、戦って死んだのと逃げて死んだのでは全然違うじゃないですか。モンハンでも結構重要ですよ、これ。


 そんな内面の言葉を「今後のトラブルを避けるために、一度訪問の上で確認をしていただけませんか」に変換した。

 というわけで今日これから管理会社の人が来るので、システムエンジニアの能力をフル発揮して「申し訳なさそうにしながらも一歩も引かない」姿勢で、こちらの無実を訴えていきたいと思う。

 まぁ証拠がないので向こうとしても私の言い分を鵜呑みにするわけにはいかないだろうが、それはそれである。某曲曰く、諦めて受ける傷より戦い続ける痛みがいい。私は戦って死ぬ派なのである。


※タイトルは『SPRIGGAN』(1998年公開)より

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