59.人の適正

 緊急事態宣言が解除された途端に押し寄せる打ち合わせの打診メールに、ただ流されている今日この頃である。気温が高いのがまだ救いだ。寒い中わざわざ出掛けたくはない。せめて身軽に歩きたい。


 そんな中、急に「この案件の見積もりをしろ」という指令が舞い込んだ。私はそもそも見積もりをする役職にはいないのだが、人手不足で仕方なくお鉢が回って来た形である。

 一応役職持ちだが、会社の下から二番目の役職なんてたかが知れていて、「年齢的に一応与えとくか」みたいなもんである。前の会社にもあった。

 責任感がないし、適当で大雑把なだけなら良いが、後輩の指導までフィーリングで片付ける人間だから、出世にはあまり興味がない。こんなのが上に立ったら下につく若人が可哀想である。それはちゃんと上司には伝えた。伝えたのだが、「出世はしなくていいから、上の役職の仕事して」みたいな結果になっていそうで怖い。怖いので確認はしていない。


 見積もりというのは、駆け引きが必要となる。大抵の見積もりは、一定の金額を超えたあたりで値下がり交渉が入る。さらに言えば、見積もりを出す側とすれば「利益」が欲しい。百万で出来るものを百二十万で受注して、二十万を利益として計上したいのである。

 そんなわけだから、最初は多めの金額を出す。そのまま通ればラッキーだし、通らないとしても、「仕方ないですね、勉強しますよ」と余剰分を少し削って恩を着せる。向こうだってそれを百も承知で、「失礼でない程度」の値下げを要求する。


「底値が多分ここなので、利益を出すなら下限はこのあたりですね」


 部長にそう説明する。多分、とか入るあたりに私の適当さが透けて見える。仕方ない。いつも出来高で仕事しているような人間だから、予め見積もりを取るなんて慣れていないのだ。


「まぁいいんじゃないですか」


 部長はそう言いながら、私の作った見積もりを見る。


「淡島さんなら、そんなに無茶なものは作らないですし」

「適当ですけどね」

「それで大体いつも帳尻合ってるから大丈夫ですよ」


 微妙な評価。いや別にいいのだが。こんなところで褒められても困る。


「きっちりスケジュール立てるタイプじゃないですもんね」

「そうですねぇ。まぁ時間が決まってるものは守りますけど」

「いいんじゃないですか、別に。仕事は終わるんだし」


 これは多分諦められているな。淡島はこういう人間だから仕方ない、みたいな扱いになっている気がする。

 まぁ部長も、素直で可愛い若手のほうが指導のしがいもあるだろう。私だって上司に褒められるよりは後輩に賞賛されたい。「淡島先輩、素敵」とか言われたい。言われたことないけど。


「そういえば、来年度って若手配属されるんですか」


 四月が目前なことに気がついて尋ねる。


「どうだろう。まだわからないですね」

「なんでこのチーム、若手増えないんですかね。中途ばっかり増える」

「若手をいきなりここに配属させたら、可哀想じゃないですか」


 何でですか。

 徹夜と残業が頻繁にあって、皆死んだ目をしてタバコ吸ってて、フィーリングで指導する人が何人かいるからですか。そういう差別はいけないと思います。皆で仲良くデスマーチしましょう。


「若手欲しいなー。フレッシュな若手」

「別に増やしてもいいけど、淡島さんの管理作業増えますよ」


 部長が呟くように言う。この人は、私が「管理作業めんどうだから出世しない」方針をお見通しなのだろう。どんなに面接で美しいオブラートに包んで伝えたとしても、現場で顔を合わせるほうが多い相手には通用しない。


「じゃあいらないです」

「まぁそのうち増やしてもいいとは思っていますけどね」

「その場合は、私が指導するんですか?」

「相性ってもんがありますからね。淡島さんに合わないタイプだったらやめておきます」

「私に合わないタイプってどういう?」


 部長はその問いに対して、あっさりと回答した。


「そこはフィーリングで判断します」


 この上司にして私ありである。フィーリングでこの部署は回っている。

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