50.好きな髪型は似合わない
新年が明けて早々、三連休は仕事であることが確定している。それも深夜に切り替えなのでホテルを取らなくてはならない。元々数ヶ月前に一度予約はしていたのだが、Go Toの中止により再度取り直さざるを得なくなった。丁度三連休を跨ぐ形になるので、予約の取り方もややこしい。
三ヶ日でどうにかすれば良かったのだが、どうにも怠惰の方が勝った。圧勝だった。大敗を喫してやる気は消えた。しかし、その後に微妙な洒落っ気というものは残っていたので、美容院には行った。最後に髪を切ったのは真夏のことで、この髪のままビジネスホテルに寝泊りするのが怖かったためである。ホテルの乾燥はすべての水分を奪うので、私のような猫っ毛は水分を失って帯電する。
三日から営業しているところを見つけて、カットとカラーのコースを予約した。カラーをするのは多分二年ぶりぐらいである。一度、何となく「地毛見てないな」と気がついて染めるのを辞めた。高校時代から染め続けているので、十年単位でまともに地毛を見ていなかった。もしかしたら射干玉の漆黒ヘアーかもしれないと期待して髪を染めるのを辞めてみたのだが、普通にやや黒い猫っ毛が出てきた。そのまま染めずに過ごしていたのだが、ちょっとした気分転換に染めることにしたのである。
予約した美容院に行くと、まず髪をチェックされた後に「染めてますか?」と聞かれた。素直に「(ここ数年)全然染めてないですね」と言ったら、そこから事細かに染髪の基礎知識を説明された。あ、違うんです。染めたことはあるんです。と言えれば良かったのだが、タイミングを失った。
「これだと染めても殆ど明るくならないですね」
「明るくなくていいです。気分転換みたいなものなので」
何もこの休みを利用して何がしかのデビューを図っているわけではない。鰤大根の煮汁みたいな色でもいいし、醤油の色でも構わない。「染めた」という事実が欲しいだけである。
「カットはどうしますか?」
「梳くだけでいいです」
「今はセミロングですね。どの辺りまで伸ばす予定ですか?」
そういう具体的なイメージを有してる人は、一月三日に半年ぶりに美容院に来ないと思う。ノープランというか、短くするか長くするかすら決めていないので、とりあえず現状維持しているだけだ。
ただそう正直に言うと相手が困惑するのもわかっているので、「腰までですかね」と適当に答えた。何年かかるかは知らない。多分、途中で飽きてショートカットにする。そしてまた伸ばす。この繰り返しだ。職場の人たちは割と髪型が通年同じなので羨ましいと思う。
「伸ばされるつもりなら、数ヶ月に一度は量を調整したほうがいいですよ」
美容師はそう言いながら、私のもったりとした髪に鋏を入れた。シャグリと音がして髪が梳かれていく。
「前髪はどうしますか?」
「あー……このままで」
「髪の色はどうしますか?」
「えーっと……アッシュ系とか」
とんでもなくノープランである。「何となく切りたい染めたい」だけで来てしまった。ある程度のイメージを持っていないと、切る側も困るだろう。それはわかる。すごくわかる。だが、過去に何度か「こういう色で」とか「こういうイメージで」と伝え、悉く美容師の反対をくらって来た身としては、これが一種の防衛策なのである。お洒落な美容師に諭すような笑顔で「お客様の場合は違うほうがよろしいかと」と言われるのは耐え難いものがあるのだ。
勿論相手は善意だし、そのアドバイスは的確だ。だが問題はそこではない。「似合わないものを持って来た身の程知らずの自分」を意識してしまう。「中二病を患っていた記憶が蘇って来た時」のように恥ずかしい。布団に俯せになって顔を枕に埋めてジタバタしたくなる衝動を必死に押さえながら、望まないが似合っている髪型にされていくのである。
美容師に全てを委ねて、髪を切られて染められていく。ブルージュのゆるふわデジパに憧れる幻想ごと、アッシュブラウンのセミロングに整えられていく。光が当たると茶色く見える。素敵ですね。ありがとうございます。変更された髪の分け目も、凄い良いと思います。
二時間後、施術は無事に完了し、如何にもビジネスな仕上がりの自分が鏡の中にいた。仕事出来そう、と思いながら礼を述べる。出来上がりに不満はない。美容師に任せた結果だからだ。これで急にモヒカンとかにされたら抗議するだろうが、世の中そんなに捨て鉢な美容師はいない。
「お支払いはどうしますか?」
「バーコード決済で」
初めてそこで自分の意思を通し、バーコードで支払いを済ませた。
軽くなった髪を弄りながら帰路に着く。これで三連休も安心だ。やはり美容師に任せれば失敗はない。何も不満はないのだが、いつかインナーカラーとかに挑戦したいと思う2021年。
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