49.年末のご挨拶
今年は年末年始の仕事がない。元々あったのだが、コロナの影響でサーバ搬入や打ち合わせやその他諸々が遅れたためにリスケになった。そんなわけで暇だがやることもないので、髪飾りから転げ落ちたビーズを元通りにしようと奮闘し、五分で諦めて今に至る。
このエッセイを始めて暫く経つが、読んでいただいている方々には感謝しかない。社畜エッセイを望んでいる方は少々物足りないだろう。だが職種が職種なので仕事のことで書けないことが増えすぎている。結構面白いことも起きているのだが、もう少しほとぼりが冷めるまで寝かしておこうと思う。
仕事納めの日に、就職サイトの撮影が入った。「入社2、3年目のフレッシュな方を被写体にしたいんですけど」と、上等なスーツを来た爽やかな担当者が言った。明らかにそちらの方が、閲覧する側の心証も良いだろう。くたびれたベテランはお呼びで無いのである。
周りの若手がインタビューを受けたり、陶芸家か占い師みたいに両手を前に置いて撮影されているのを眺めていたら、不意に専務がやってきた。
「淡島さんも協力して」
専務。向こうの話聞いてました?
フレッシュな方を御所望だと言っていたでしょう。私、本当にフレッシュな頃ですら、新人らしく無いと言われてた人間ですよ。
「他に見栄えのいいのいるでしょう。NとかFとか」
「彼らは忙しいんだよ。それに運が良ければ同世代に見えないこともない」
なるほど。忙しい若手の代わりに、忙しく無い中堅がやれというわけか。
若手の少し上となると、確かに今は私しかいない。あとは管理職クラスばかりだ。仕方ないので、若手と共に被写体になった。因みに昨今、マスク生活なので化粧は滅茶苦茶適当である。
「じゃあ笑顔でお願いしまーす」
担当者はそう言いながら、凄い勢いでシャッターを切る。平素、少人数で写真に撮られることがないので、何処を見たら良いかわからないまま笑顔を振りまく。とりあえずこういう時は笑顔を作っておけばどうにかなる。出来栄えは兎に角。
横で同じように笑顔を浮かべたフレッシュな若手が、視線は正面に向けたままで言った。
「これ、こんなに枚数撮られるんですね。初めて知りました」
「私も初めて知った」
「あれ、初めてなんですか」
「基本的に被写体にならないんでね」
シャッター音は無限に続く。笑顔もそろそろ拷問の一種だ。多分これだけ撮らないと、良い宣材が抽出出来ないのだろう。撮影する側も大変だ。
「というか、今私たちってマスク外して密着してますけど、これって密じゃないですか」
「そうだよ。だから喋らない方がいい」
互いに黙り込み、もう一度笑顔を振りまく。
お願いだからこの写真全部没になればいいと思いながら、ただ年内最後の仕事を終わらせるために、頬の筋肉に力を込めた。
2020.12.31 淡島かりす
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