48.効率的な出し方

 カクヨムコンとか関係なく、前に書いた小説の番外編を三万文字書いた年の瀬。エッセイを書かなかったのはそのせいではない。書けないことが多すぎたからだ。こんな開けっ広げに書いてるエッセイでも、一応倫理は守っているのである。

 我々はシステムエンジニアなので、医療従事者ではない。だが病院には出入りしている。このあたりの管理は病院側でも難しいらしく、「来るな」とも言えないし「来て」とも言えないので、感染者が出た場合だけ注意喚起のメールが送付される。別にこれはコロナに限った話ではなくて、麻疹もインフルも同じだ。だから「病院でのクラスター感染」とか見ると、患者や職員以外の可能性があるな、と思ってしまう。


 だが、そんな中ついに「PCR検査を受けて陰性の者だけ出入りを許可する」というお達しが某病院から出た。西の方にある大病院。権威ある先生がそう決定したらしい。私はそこのメンバではないが、近くの席の人がアサインされており、十二月二十四日に検査キットを渡されていた。メリークリスマス。


 唾液を採取して郵送するタイプのもので、平たい箱の中に採取用のケースと説明書が入っていた。「見せてくださいよー」と答えも聞かずに説明書を手に取り、中を見る。今後検査をするかどうかは神のみぞ知るところだが、折角だし確認しておきたい。

 数枚程度の説明書をめくっていくと、唾液の採取方法についてイラスト付きで記載されていた。意外と量が必要らしい。そういえばニュースではモザイクがかかっていたが、採取する時間自体は長めだった気がする。人によっては時間がかかるだろうな、と思っていたら次のページに「効率的な唾液の出し方」が載っていた。


・下を向いて唾液を溜める

・耳下腺、顎下腺、舌下腺をマッサージする

・口を大きく広げて舌を突き出し、舌で口の縁を沿うように動かす


 これらが有効とのことだった。至れり尽くせりというか、此処まで書かないと問い合わせをしたり、量が足らないまま送ってしまう人がいるのだと思う。どこも大変だ。

 とりあえず唾液の出し方については、PCR検査のみならず、いつかラクダやアルパカと勝負しなくてはいけなくなった時のために覚えておくと良いかもしれない。


「これって結果いつ出るんですか?」

「明日までに送れば、年内には出るって言ってましたよ」

「陽性だったら、仕事行かなくて良くなるんですよね」

「まぁそうですけど」


 相手はそう言いながら、隣り合わせの私のデスクを見た。


「僕が陽性だったら、確実に濃厚接触者ですよ」


 確かにそうだ。アクリル板で仕切られているとは言え、前後左右はスッカスカの風通りである。というかこのアクリル板意味あるのかな、と思うぐらい小さい。弊社の財力の問題だが、A4ファイルぐらいの大きさしかない。


「じゃあ陽性反応出たら、赤の他人の振りしますね。私と貴方は無関係。席も隣に見えて、百メートル離れてることにしましょう」

「無理あるでしょう。というか、そんなに仕事したいんですか?」


 呆れたように言う相手に、私は同じような表情を返した。


「働きたくないからに決まってるでしょう」


 半年以上前に、某病院の稼働後に一週間の自宅待機を命じられた。だがすぐに別の稼働が迫っているからと、私だけ自宅待機を解除された。中途半端に数日だけ家にいた分、余計に仕事が忙しくなったのである。

 どうせ、明確に陽性とならない限りは現場に引っ張り出されるに決まっている。だったら毎日仕事をしているほうが、結果としてやることは少なくなる。


「一番良いのは陰性ですけどね。頑張って陰性出してください」


 空虚な激励と共に拳を握る。

 陰性だと願っているのは本当だ。そうでないと私が困る。年明けに控えた稼働を無事に終わらせるためにも、是非とも彼には陰性であってほしい。少し離れた場所にある、先週から誰もいなくなったシマを眺めながら、神かブエルに祈りを捧げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る