47.サークルの思い出

 今年はサークル活動をしている大学も少ないというニュースを見ていて、ふと自分の大学時代を思い出した。

 当時所属していたサークルは「課題本を読んで、プレゼンターがその本に関するレジュメを作り、皆でその内容を議論することを合宿で徹夜でやる」という活動をしていた。多分どの大学にも似たようなスタンスのサークルはあったと思う。学生二十人余りが、合宿所から殆ど外に出ず、一心不乱に太宰治やジョン・スタインベックやフィリップ・K・ディックの作品について議論しているのである。不健康極まりなく、そして青春らしい合宿だった。


 議論はいつも平和に進むわけではない。偶にレジュメの主張自体が成立しなくなり、崩壊してしまうことがある。しかし、プレゼンターが「すみません、間違いました」なんて白旗揚げることは許されない。自分が最初に掲げた議題をあくまで「正しい主張」として、続く論拠を組み立て直さなければならない。それに一時間以上取られることも珍しくはない。


 ある合宿でプレゼンターT君の出したレジュメが、主張破綻を起こした。勿論、レジュメを取り下げることは許されないので、T君はその場で必死にレジュメの内容の変更を試みた。T君と同じ学年のサークル員もこぞって手伝ってやりながら、あーでもない、こーでもないと話し合っていた。

 主張破綻を起こした場合、皆で考えてレジュメを作り直すのが主流である。プレゼンターだけで作り直しても、また破綻する可能性が高いからだ。皆で協力する微笑ましい姿を横目に、私は隣のサークル員と話をしていた。


「此処で主張の軸が変わったんじゃない?」

「それをそのまま次の段落まで持っていったから、破綻しちゃったんだよね」

「となると、直し方としては……」


 こうして色々と模索するのも楽しみの一つである。ここまで読んでいて、「そのサークルは何が楽しいんだ」と思った人もいるだろう。多分そういう人が大半だろうし、逆に言えば地味で目立たないサークルだから、本当に興味のある人間しか来ない。従って、議論が数時間停滞しても怒るような者はいないのである。


「これでいけるかな」

「結構段落組み換えたけど、大丈夫だと思う」


 そんな会話がT君とその仲間達から聞こえた。

 主張破綻してレジュメを書き換える場合、ゼロから作り直すことは認められない。許されるのは多少の文言の訂正、または段落の組み替えぐらいである。大掛かりなパズルみたいな訂正が入ることも珍しくはない。


「T、これで行こう」

「わかった。……淡島さーん!」


 え、何? 急に呼び出された。

 T君の方に行くと、朱筆の入りまくったレジュメがそこにあった。


「これでいけるかなってとこまで考えたので、チェックしてください」


 代表や副代表に聞いてくれよ、そういうことは。こちとら平サークル員だぞ。

 そう思いながらも、後輩には優しいので内容をチェックした。案の定というべきか、パズルみたいに文章と文章が組み替えられていた。テトリスだったら間違いなくバグる。

 A3用紙にびっしり書かれた文字と朱筆を確認しながら、先ほどの主張破綻が回避されたかどうかを読み取る。割と責任重大である。これでまた破綻したら後輩からの信頼度は低くなる。特段、人に好かれたいわけでもないが人望を失うのは御免だ。


「此処は思い切って捨てたほうがいい。代わりにこっちの内容を入れよう」

「この段落気に入ってたのに……」

「それに固執したから破綻したんだろ」


 更に朱筆を入れて、どうにか訂正版が完成した。もう一度皆で読み直し、問題がないかを確認する。先ほどの議論内容に反論できる構成になっていることは勿論、後の主張まで綺麗に繋がらなければならない。


「大丈夫そうだな」

「そうですね。ありがとうございます」

「で、何で私だったの? 代表がそこで「ヘルプ来たら手伝ってやらないと」みたいな顔してたのに」


 気になっていたことを尋ねると、T君達は顔を見合わせてから恥ずかしそうに言った。


「誰かにチェックしてもらうことは決めてたんです」

「その時に間違っていたら一番怖そうな人が淡島さんだったんで」

「先輩に見せても問題ないの作ろう、的な緊張感が欲しくて」


 呼ばれたのは人望ではなくて、緊張を高めるアイテム役としてだったらしい。

 いや、後輩達の力になれたならいいんだ。うん。別に傷ついていない。なんか特に何もした記憶がないのに怖い先輩みたいなポジションに置かれてたことを今知ったけど、別に気にしてない。気にしてない。気にしてなんかいないんだから。

 釈然としないまま自分の席に戻ると、隣のサークル員が「どうだったー?」と話しかけてきた。


「多分問題ないと思う。ところで、私は後輩に怖がられてるの?」

「怖がられてはいないよ。恐れられてはいるけど」

「何で」

「毎回飲み会で酒飲み勝負して潰すからじゃない?」


 それはサークル活動そのものとは関係ないと思うのだが、気のせいだろうか。

 その後、訂正した内容で議論は無事に再開出来たが、微妙に彼らに対して遺恨が残ったのは言うまでもない。ただ、その遺恨は数時間後の酒盛りで無かったことにした。どういう工程を経たかは言わない。彼らが泣きながら「見捨てないで下さい」と言ってきたので機嫌は治った。その日の汚れ、その日のうちに。遺恨だって流せるなら綺麗に流してしまうのが一番である。

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