46.よろしい、ならば戦争だ

 この業界は、少々変わった人が多い。よって人付き合いも一苦労である。

 特に女性ともなると、ほぼいないに等しいので、早晩辞めて行くか別部署に移る。十年以上現場を続けている女性は、間違いなく男顔負けの剛の者である。

 そういう人の部下、あるいは下に付くと結構大変で、ちょっとのミスが命取りである。怒鳴りつけられるならまだマシだが、「いいからもう何もしないで」なんて言われた日には、若手だったら泣き出してしまうだろう。

 そんな剛の者Bさん、最近Kさんという若手が部下についた。一週間ぐらいで二人の間にブリザードが吹き荒ぶようになった。何でかは知らない。二人の側に行くと背筋が寒くなるので近付きたくない。サルガッソー海域、バミューダトライアングル。災厄待ったなし。だが同じプロジェクトに所属しているので、避けても現場で頻繁に顔を合わせる。


「あの。Bさん、作業始……」

「そういうのは報告しなくていいから」


 みたいな会話が聞こえるのを極力無視して自分の仕事をする。一緒に働いているとは言っても、役職とか所属とか色々あるので口は出せない。せいぜい、Kさんがいない時に「大変ですね」みたいな顔をするぐらいだ。


「ねぇ、かりすちゃん」


 一番困るのは、この人が何故か私には非常に好意的だということだ。Kさんに向ける言葉が零下十度だとすると、私には十五度ぐらいで話しかけてくる。


「今は何の作業してるの?」

「データ整形ですよ。といってもあと少しですから、何か手伝うことあれば」

「あ、いいのいいの。そういうつもりじゃないから。お昼行くなら、Kさんも連れて行って欲しいなって」


 そこで死にそうな顔してる人を? 私が?

 一緒にご飯行きたくないですか。そうですか。


「私のタイミングでいいなら」

「全然いいよー」


 Kさんはいいのか。いや、聞いたところで答えが返ってくる気配はないが。

 まぁいいですよ、と請け負って、昼頃にKさんを誘って食事に出た。定食屋で焼魚とご飯をムシャムシャ食っていると、Kさんは溜息を吐いた。


「淡島さんは、Bさんと仲がいいですよね」

「いや、別に良くはないですよ」

「でも淡島さんに話しかけるときは機嫌いいじゃないですか。何かコツとかあるんですか」


 柴漬けをポリポリ食べながら考えること二秒。箸を下ろして口を開いた。


「いや、普段私はあの人と仕事しないから。だから「私の仕事を邪魔しないやつ」って思われてるんじゃない?」

「そういうことなんですか?」

「だと思うな。好かれる要素もないし」


 一緒に仕事をすることが極端に少ないので、長所も短所もBさんには伝わっていない。あのフレンドリーな態度は、裏返せば最も疎遠な者に対するそれである。


「私、いつも要らないこと言って怒らせちゃうみたいで」

「若手なら気にすることはないと思う」

「でも、何が気に障るのかわからないこともあって」


 まぁBさんも気難しいからなぁ、と同情した。私はこのまま、人畜無害ポジションにいたいものである。

 食事を終えて外に出た時、ふとその日がポッキープリッツの日であることを思い出した。


「今日、ポッキープリッツの日だから、帰りに買わなきゃ」


 そう言うと、Kさんは「本当ですね」と明るい声で同調し、そして続けた。


「プリッツ派ですか? トッポ派ですか?」

「ポッキーじゃなくて?」

「うーん、ポッキー別にいらなくないですか」


 第三勢力を出してくるな。ポッキーを排除するな。

 失言とやらをこのレベルでやっていたら、確かにちょっと不味いかもしれない。今度はBさんに同情しながら、私は極めて冷静に返した。


「ポッキー派」


 会話が途切れた。

 別に派閥争いをするつもりはないのだが、恣意的に削除されてしまうと、それはそれで違う気がする。余計な火種を持ち込まなければ、会話はスムーズに進むのに、何故わざわざそんなことをするのかわからない。

 BさんとKさんのどちらかを擁護するつもりはないが、何か徹底的に会話で損をしている気がする。

 まぁ会話というのはテクニックなので、きっとKさんもこれからテクニックを磨いて、Bさんと仲良くやってくれることを信じよう。争いは良くない。争いは何も生まない。私はきのこ派である。

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