45.養命酒を買った話
元来寒がりなのだが、手袋や靴下が苦手という体質をしている。指先を覆ってしまうものが嫌いだ。もっと言えば、首回りに何かあるのも嫌いなのでタートルネックは着れない。だから「今日は寒いな」と思っていても手袋はしないし、室内なら靴下を脱いでフローリングを闊歩している。何でそうなのかは自分でもわからないが、幼い頃から異様に拘りが強い性格だったので、その一環だろう。
しかし、今年はテレワークで家にいるためか、異様に冷えを感じる。なので温活を始めることにした。手袋と靴下は用いずに。
色々調べたのだが、やはり冷えというのは体質なので毎日コツコツやるのが良いらしい。冷えは血行不良なので温めるのが効果的だとか書いてあった。外から温めるよりも中から温めるのが良いとも聞いた。
というわけで養命酒を買った。
祖父が飲んでいた記憶があるが、これまで手を出したことはなかった。しかし、ネットでは大変な評価を受けている。「冷えが一発で解消した」なんて書かれていたので、怠惰な私は即座に飛びついた次第だ。
早速赤い箱を開けて、瓶を出す。付属の小さなカップに中身を注ぐと、「コポポポ」と音がした。徳利で酒を注ぐ時と同じ音である。何かいいな、と思いながら口にしたら、生薬の味が舌を支配した。だが悪くはない。中国の酒にこういうのがあった気がする。
暫く待ってみると、確かに体が温まってきた。これは凄い。縮まった血管をこじ開けて、血が指先に流れ込んでくるかのようだ。これは確かに飲む価値はあるな、と感心したのだが、そこでふと瓶の大きさが目に入った。
深く考えずに買ってきてしまったが、これを何処におけばいいだろう。
一日三回飲め、と鷲のマークが訴えてくるからには、その通りにしないといけないだろう。だが何処におけば忘れずに三回飲めるだろうか。キッチンは物を置くスペースがない。戸棚の中も同様である。そもそも戸棚の中に入れたら出すのを忘れる気がする。目につくところに置いておきたい。
テレビ台に一度載せてみたが、流石にそれは邪魔だった。かといって床に物を置くのは嫌いである。
こうなったら、花瓶を置くためのおしゃれな細いテーブルを買って、そこに配置すべきだろうか。美しい造形美。輝く茶色の瓶。それを手に取り飲み干す自分。よし、やめておこう。
部屋をぐるぐる回りながら考えた結果、仕事用のデスクに養命酒が鎮座することになった。横には猫型加湿器。剛柔の対図である。目線より少し高い場所にあるので、養命酒がこちらを見下ろしてくる図式になってしまったが、これなら忘れない。パソコンの前にかじりついていても忘れない。養命酒はいつも私の側にある。
何かもはや部屋が作業用というよりも引きこもり用の場所になってきた気もするが、健やかな毎日のためには致し方ないことである。
先日、湯たんぽも買ったのでぬくぬくと巣篭もりをする準備は万全だ。あとは仕事が私を外に引っ張り出さなければいいだけだ。暖かい部屋から寒風吹き荒ぶ都会に出ていく羽目にならなければいい。本当。
赤いキャップを回し、中の液体を透明なカップに注ぐ。一口で飲み干して息を吐く。冷えきった体に血が巡る。よくわからないけど血が巡る。「一日三回、食前または就寝前」という記載を目で追い、うんうんと頷きつつカップに残った1mlを喉に流し込む。今日も何処かで日は昇る。私はそのうち飯を食う。
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