42.その日はずっと家にいましたよ

 ミステリ書きを自称する身であるがゆえ、生涯に一回くらいは刑事にアリバイを聞かれたいと思っている。黒い手帳を開いて、ふんふんと頷いてから「その日なら富山にいましたよ。聞いてもらえればわかります」なんて言ってみたい。なんかこの言い回しだと犯人みたいだか。

 しかし特殊なイベントでも無ければ、アリバイを証明出来る日というのは限られる。テレワーク化してしまった現状においては「その日は家で仕事を……証明出来る人はいません」という内容になってしまう可能性が高い。いつ事件に巻き込まれても良いように、昨日の行動ぐらいは証明出来るようになりたいものだ。


 家で仕事をしていると、外に出るのは昼休憩の時ぐらいである。近所のパン屋で焼きそばパンとか買って、ついでに夕飯の材料とか買って帰る。多分その時に何処かの監視カメラに映るので、家の近所にいたことは証明出来るだろう。

 しかし「朝起きてから昼まで」「昼過ぎから夜まで」の時間に何をしていたかと言われると厳しい。単純に九時から十八時までの仕事だと考えても、午前中は三時間、午後は五時間の空白が生まれてしまう。五時間もあったら東京から北海道を往復できてしまうではないか。偶にテレビドラマで「二時間の空白時間がある。その間に羽田から新千歳に飛び、そこから電車を使えば犯行は可能だ」みたいな推理を聞くが、飛行機が到着した時間=空港から出れる時間ではないので厳しいと思う。まぁ某推理漫画も「実現できないトリックを使うようにしている」という噂だし、似たようなものなのかもしれない。


 ともあれ今は私のアリバイ証明だ。

 一番手取り早いのはスマフォの「位置情報」だろう。位置情報付きツイートを垂れ流しておけば、その時の所在を証明することは容易い。でもそんなことはしたくない。古のネット社会から生き延びてきた人間なので、個人情報は隠して生きていきたい。ツイートしなくてもログとして溜めてくれるアプリもあるが、電池の消耗が激しい。却下。


 写真はどうだろうか。インカメを使って朝昼晩とテレビのニュース画面を背景にして自撮りをするのである。そうすれば間違いなくその時間に家にいた証明になるだろう。代償としてスッピンの自撮り、しかも背景は家のテレビという謎の写真がフォルダに溜まるし、見返すたびに虚しさに泣くかもしれないが。そもそもこれを証拠として提出したら、余計怪しまれる気がする。却下。


 写真や監視カメラの映像は非常に効果が高い「証拠」だろう。だがわざとらしく撮っては意味がない。私の理想系は「アリバイと言っても……、あ、そういえば」とさりげなく持ち出せるものだ。これも何だか犯人っぽいが。数日後に紅茶を嗜む眼鏡の警部にニコニコと詰め寄られそうだ。


 家にいる時に必ず複数回訪れる場所に人感センサーとカメラを設置する方法を考えた。先日作った「ペットの気配を察知して写真を撮ってSlackに投稿する」システムの応用である。これをトイレの扉に仕掛けておくのである。そうすればトイレの前に立ったタイミングで撮影されて、タイムスタンプと共に記録される。家の構造的にトイレの前を通過しないと玄関に行けないので、外出時の記録としても使える。完璧だ。刑事には「家で暇だったんで工作したんですよ。こんなことに役立つとは思いませんでしたけど」なんて殊勝らしく言いたい。やっぱり犯人っぽい。


 思い立ったが吉日なので早速設置してみた。トイレの前を通り過ぎるたびに写真が自分のパソコンに蓄積されていく。とても良い。理想の形だ。しかし撮り続けるとパソコンの容量を圧迫してしまうので、定期的に古い画像を削除する仕組みを取り入れた。だが何を消したかわからなくなると困るので、削除した画像の情報をテキストファイルに吐き出すようにした。


 これで環境は完璧なので、あとはアリバイを聞かれるだけである。

 だが悲しいことに今住んでいるところは治安が良い。警察署も小学校も近くにあるので、事件なんて不審者出没ぐらいしか起きない。そんな平和の象徴として、今日もパソコンに画像は溜まっていく。そろそろ撮影時にレベルアップの音源とか流そうと思う。

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