43.オンラインとオフライン

 師走になってしまった。去年の師走は多忙による死と生の狭間にて山猫スナイパーに想いを馳せていたが、今年はそこまで差し迫ってもいないので普通に山猫スナイパーのことを考えている。特に進歩のない一年だ。推しが右目を抉られても元気で良かったなと思う日々である。

 カクヨムコンが始まったので、短編ミステリを一つと長編ファンタジーを一つ投下してみた。長編のほうは頑張って更新したいと思うが、十万文字にたどり着くには時間が足らない気がする。寝る時間などを削って書いてみようかとか思う程度には余裕があるが、実際にするかどうかは別問題だ。何しろ最近寒い。


 在宅と出社の割合はほぼ半分ずつである。会社の方針としては週一出社だし、私の出社日も基本的には一日だけである。だがなんだかんだで外に出ている。会社に行かないと出来ない仕事があるからだ。念のため言うが、ハンコだとか紙の書類のためではない。「オンラインのセキュリティを強固にした結果、会社からしか繋がらない」システムに携わったからだ。結局デジタルとアナログは表裏一体である。オンラインのセキュリティを完璧に管理しようと思う場合、固定のIPアドレスを持つものが勝つ。今のところは。


 先週は出社日に会議があった。「コロナ感染者も増えているから、昼からでもいいよ」と言われたので、お言葉に甘えることにした。しかし実際のところ、この昼出社が一番苦手である。食事をとるタイミングが不明だからだ。家で食べたら間に合わないし、会社に着いてから食べようとすると昼休みに入る前に家を出ることになる。厚顔無恥ではあるが非常識ではない自覚はあるので、午後の業務開始ベルが鳴った後に会社に入りたくはない。

 そんなわけで午後出社の時は食事を摂らない。考えるのが面倒になると、こういうことになる。しかしどうせ会社に行ってから紅茶だの珈琲だの飲むので空腹はあまり感じない。

 その日もそういうプランで行くべく、昼休みに電車に乗って会社に向かった。しかし、会社の扉を開いてすぐに違和感に気がついた。人がいない。私の出社日はいつも人がいないが、今日は輪を掛けていない気がする。そう思って確認してみたら、社長と専務しかいなかった。私が打ち合わせをすべき人は何処にもいない。

 不思議に思っていると、スマフォがメールの到着を告げた。開いてみると打ち合わせ相手だった。


『今日は喉が痛いのでリモートで参加します』


 今言うな。朝言え。

 喉痛いのが今始まるわけないだろう。朝から痛かったはずだ。ダチョウの歩幅で百歩譲っても十二時にはわかるはずだ。飯を食っているかどうかは知らないが、飲み物の嚥下で気付く。もし気付かなかったとするならば、別の理由で心配だ。そんな鈍感ではこのコロナ禍を生き延びられない。


『すみませんが、オンラインで参加お願いします』


 出社してオンライン会議をするのは結構な本末転倒だと思う。

 しかしそうも言っていられない。あと五分で開始するとかメールの最後に書いてあるからだ。酷い。自分は家にいるからって。こっちは今到着して、珈琲でも啜ろうかと思っていたところなのに。

 急いで用意してオンライン会議に参加すると、相手の呑気な声が聞こえてきた。


『すみません、連絡遅れて』

「もう少し早く連絡くれればよかったのに」


 素直な気持ちを吐露したが、相手には伝わらなかったようだった。オンラインの距離感か、元の素質かは不明だが、九割九分九厘の確率で後者である。

 それでも打ち合わせを終わらせて、作業の確認をしてから会議から退出した。

 その二分後にさっきまで会議をしていた人から電話が掛かってきた。もう滅茶苦茶である。オンラインとは、リモートとは何だ。遠い国の夢物語か。私の周りだけ1990年代か。そろそろ近所の喫茶店にピンクの公衆電話が置かれる日も遠くない。

 電話で更に暫く話をしたあと、ふと気がつくと社長と専務が不思議そうな顔でこちらを見ていた。


「淡島は何してるの?」

「オンライン会議しに来ました。終わったんで帰っていいですか」


 よほど疲れた顔をしていたのか、二人とも快く許可してくれた。多分本音としては、平社員がいると複雑な話をするのに会議室に入らないといけないからだろう。このご時世、なるべく密は避けていかないといけない。


 滞在時間三十分。出したばかりの荷物をまとめて会社を出る。

 とりあえず飯を食おう。せめて外に出た意義を見つけよう。そう考えながら駅へと向かう。人波はまばらで街は静かだ。テレワークの文明の波は、まだ私のところまでやって来ない。

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