23.納得出来ないが受け入れる
仕事のために某病院に行ったら、新人がいた。連れてきたのはいつも一緒に仕事をしている人だった。どうやら新人教育の一環らしい。特に私には関係ないので静観していたら、急にその人が新人に言った。
「そこにいるのが淡島さんね。黙ってても仕事片付けてくれるんだけど、その分単価が高いんだ。だから君は技術を盗んで安い単価で仕上げられるように頑張って」
そんな無茶振りに新人は曖昧な笑みを浮かべている。可哀想に。いつの世も困るのは冗談なのかなんなのかわからない年上の戯言だ。
というか技術を盗めってなんだ。セキュリティ堅めにしておくからな。この案件の人件費も使いこめるだけ使い込んでやる。上の人に怒られるがいい。私はその横で守る振りした援護射撃を浴びせる役に徹する所存だ。
無茶振りのついでとばかりに、その人は新人にコピー用紙を一枚を手渡し、近くにあった端末を操作してファイルが大量に入ったフォルダを展開した。
「そこの紙に書いてあるシリアル番号があるでしょ? それをこのフォルダの中から探し出して欲しいんだよね」
「はい、わかりました!」
わかりましたじゃないよ。二万ファイルあるんだから、少しは抗ったほうがいい。赤と白のシマシマファッションを群衆の中から探すのとは訳が違う。
「新人君には酷じゃないですか?」
「そうなんだよねー。せめてシリアル番号がExcelだったらよかったんだけどねー」
ケラケラと笑いながらその人は別の作業を始めた。手伝うとかアドバイスするとかはないらしい。まぁでも新人君も素直に作業しているから大丈夫なんだろう。そう思って、一度その場を離れた。
一時間後、再びその場所に戻ると新人君は泣きそうな顔をしていた。指示した人は影も形もない。放っておいてもいいのだが、この作業が終わらないと私も帰れないので仕方なく話しかけることにした。笑顔はコミュニケーションの基本である。
「大丈夫ですか」
「自分がどこまで作業しているかわからなくなって」
だろうな。だって二万ファイルの中から三十個のファイルを見つけなければならないうえに、名称に規則性は殆どない。「AS_001_02235_hyj」というファイルを見つけたいのに「AS_001_00235_hyj」みたいなのが沢山あるからややこしい。新人君は目視で探しているから、それはもう視神経へのダメージは計り知れない。
「色々方法はあるんですけど、要するに三十個のファイル以外は要らないんですよ」
「そうですね」
「だからまずはファイル名を個々に入力してフォルダ内を検索します」
そういうと新人君は目を丸くした。
「そして検索して表示されたファイルをコピーして別のフォルダに移動します」
「別のフォルダに入れるんですか?」
「そうすれば移動したものだけチェックすれば三十個のファイルがちゃんと選べたかわかるでしょ?」
「な、なるほど」
新人らしい初々しい反応でちょっと楽しい。読んでいる側は「なんだそんなこと誰でも思いつくだろ」と思うかもしれないが、意外とこういうのを思いつかない若手は多いのである。新人はこうして一つずつ技術を積み、やがて「如何に楽をするか」に全力を注ぐようになるのだ。ソースは自分。
「あれー、終わった?」
そこに諸悪の根元が戻ってきた。手にはアイスコーヒーを持っている。
もう少し新人の面倒を見て欲しい。そんなだから歴代の新人が総じて退職し、「新人潰し」と呼ばれるようになるんだ。その仇名広めたの私だけど。
「淡島さんに教えてもらったの?」
「はい。色々と」
「どうだった?」
「えっと、怖いです」
……え、何が? 私が?
それとも未知との遭遇レベルで意外な解決方法だったのだろうか。だとしても私の前でいうことではないだろう。世に溢れるハッピーな漫画やドラマよろしく、一人きりの時に大きめの独り言で言ってくれ。あと新人潰し、貴方も笑ってないでフォローをしろ、フォローを。本気で人件費使い切るぞ。
納得いかない。全然納得がいかない。親切心の果てに「怖いです」なんて感想をもらうとは思わなかった。私が怖かったら、個々にいる殆どの人は魑魅魍魎だと思う。
気持ちが消化出来そうになかったので、諸悪の根元にアイスコーヒーを奢ってもらうことにした。世の中多少の理不尽は、気持ちは納得できなくとも金で解決出来るのである。
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