15.裏方作業に夢中になる

 唐突であるが、裏方作業が好きである。

 昔、何をとち狂ったかダンス部に所属していた。在籍期間は被っていないが、歴代の部員には現在進行形でメディアで活躍中のダンサーもいた。学祭では体育館のステージで踊り狂うのが定番であるが、音楽を流したりライトを操作するのは全て部員の仕事である。ステージのみが明るく輝く中、遮光カーテンを締め切った二階の通路で、重いライトを動かすのは一種の優越感みたいなものがあった。

 踊るでもなく、それを眺めるでもない。しかし彼らの関係を成立させるのに不可欠な仕事をしている。気分としてはそういうものだったと思う。どうでもいいがダンスの才能はなかった。


 先日、グループミーティングがあった。ほぼ全員が会社にいるにも関わらず、密を避けるためにそれぞれ別の場所でパソコンを広げて、ウェブ会議用のソフトを使うこととなった。

 その日は、新人が研修成果を発表することになっていたが、いざ集まってから「どうやって発表するか」という話になった。事前に決めておけよ、と思うかもしれないが、私の属するグループは滅多に顔を合わせないので、こういう弊害は多々起こる。

 上司と色々話した結果、新人が発表するのを補佐するように言われた。簡単に言えば、カメラとマイクの操作をしろということだ。何しろ新人は緊張しまくっていて、それどころではない。


 わーい、裏方だーと無邪気に喜びながら新人たちのいる会議室へと向かう。因みに初対面である。新人は不審そうだが、気にせずにセッティングを始めた。何しろコロナ対策で至近距離で喋るのは避けるように言われているので仕方がない。あと別に私の存在を知らなくても新人は困らないと思う。

 暫くすると、発表が始まった。緊張している若人は良い被写体なので、積極的にカメラのレンズを向ける。私の努力は壁一枚隔てた向こうの皆さんに届いている筈だ。ちょっと面白い。面白いのが優先なので、とんでもなく焦っている新人のことは可哀想だが放置する。


 十五分ほどかけて発表が終わると、そのまま質疑応答に進んだ。会議室に置いてあるスピーカーから、次々に質問が飛び出す。新人たちは色々戸惑いながらも真摯に質問に応えていた。素晴らしい。こういう真摯さはあと数ヶ月の命なので存分に駆使してもらいたい(個人的観測)。

 質問もひと段落したところで、壁の向こう側の一人が唐突に疑問を投げた。


「淡島は?」


 そういえば此処にいるって言わなかったなと思いつつ、裏方をしていたことを告げる。すると相手はさらに続けた。


「お前は質問ないの?」


 無い。というかカメラとマイクの操作に夢中になっていて、内容をあまり聞いていなかった。ダンス部の裏方をしていた時も、ダンスは全然見ていなかった。その頃から殆ど成長していない。

 ごめんね、新人。君たちはこんな大人にはならないようにしよう。しかし素直に言うほど人間ができていないので、映像として記憶されたものを一気に脳内で再生した。


「えーっと……パワーポイントの七枚目に誤字がありましたね」

「どこ?」

「ExcelがEcxelになってました」


 重箱の隅を突くような真似をして本当に申し訳ない。

 次はもう少し全体像が入るようなカメラアングルにして、ハウリングが起きないようにマイクとスピーカーの位置も最初に調整するので許してほしい。

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