16.いいから自分で言え
そろそろ新作を公開しようかなと思いつつ、なかなか決心が付かない今日この頃である。二つほどあるのだが、どちらも長編なので一つ公開するともう一つは後回しになってしまう。同時進行できるほど脳みその出来は良く無い。
しかしそうもグダグダ言っていられないので、今週中に決心しようと思っている。大事なのは勢いだ。
数ヶ月前、何故だか知らないが協力会社の人に「会社辞めようと思ってるんですよね」と言われた。何故私に言うのかさっぱりわからない。辞めるなら自社の人に言ってほしい。
しかし、その時は昼休憩で煙草を吸っていたので、雑談がわりに話に乗ることにした。
「どうしてですか?」
相手は年下だが、私は基本的に丁寧語である。
「ここの仕事って結構特殊というか、汎用性が無いじゃないですか。このまま続けてもいいのかなって疑問に感じて」
「まぁ将来性とか考えるとそうかもしれないですね」
「知り合いが起業するんですが、それに誘われてるんですよ」
「いつですか?」
「五月と言っていました」
「やめたほうがいいんじゃないですかね」
コロナ真っ盛りだったので、一応そう返した。しかし相手はきょとんとしている。説明するほど仲良くもないので、そのまま続きを促した。
「僕って勘が悪いって言われるじゃないですか」
「そうですね」
「でも上がちゃんと指導しないのも原因だと思うんですよ」
それは否定しない。この業界はなんだかんだでアナログだし、「技は盗め」の精神で突き進んでいる。若い子からしたらとんでもない時代錯誤に見えることだろう。私は特に気にしないので、そのまま仕事を続けているが。
「あの会社のやり方ってね、僕はおかしいと思うんです。でも上司のUさんは気付いてないし」
「Uさんは気付かないでしょうね」
「だから淡島さんから言ってもらえませんか」
嫌だよ。
何で御社の仕事のスタイルについて弊社が言わなければいけないのか。別に具体的な損害を被っているわけでもないのに。寧ろこの状況が迷惑だし損害とも言えるから、そこについてはUさんに言ってもいいが。
「辞める時に言えばいいじゃないですか。辞表出したら無敵ですよ」
「僕は淡島さんみたいに神経ぶち切れてないんですよ」
私だって神経は切れていない。せいぜい指を包丁でスパンと切ったら、後遺症で曲がらなくなった程度だが、それは今は関係ない。
煙草の煙を吐き出しながら、面倒くさいなと思っていると、背後から声を掛けられた。振り返るとこれまた別の協力会社のマネージャーがいた。
「いやぁ、参ったよ。うちのNがなかなか仕事しなくてさ」
「Nさん責任持つの嫌がりますからね」
「でも、勿体無いと思うんだよ。実力はあるし、何より優しいだろ? 優しさってのは意識しても身につかないから」
加熱式煙草を吸いながら、その人は眉間にシワを寄せる。
「淡島さんも気性が穏やかだからさ、Nとは気が合うでしょ?」
「一緒に仕事はしやすいですけど」
「だから今度、さりげなく俺が褒めてたよって言ってくれない?」
嫌だよ。
なんでどいつもこいつも自分で言わないのか。私は伝言ツールではない。万一そうだったとしても、性能は格段に悪いから「さりげなく」とか出来ない自信がある。物凄く不自然なタイミングで「そ、そういえばNさんのこと褒めてましたよ、へへっ」みたいな言い方になってしまう。
「自分で言ってくださいよ」と言おうとしたら、電話がかかってきて話が中断されてしまった。しかも昼休憩終了を知らせるチャイムまで鳴ってしまった。
それから数ヶ月、年下の男性社員は辞めていないし、Nさんは相変わらず仕事に取りかからない。もしかして私の行動待ちなのだろうかと思いつつも、関わるのも面倒なので見てみぬ振りを続行する。
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