13.剥離しない苦痛は続く

 テプラを仕事でよく使う。納品した端末やモニタなどに型番やシリアル番号などを印字したテープを貼っておくと、壊れた時にメーカーへの問い合わせがスムーズだからである。

 こういう仕事は新人に任せるのだが、病院の中をウロウロと歩いて目的の端末を探し回るというのは結構面倒臭い。時間帯によっては看護師さんに怒られることもある。

 なので手伝ってあげることにして、半分ほど受け持った。

 私は基本的にはデータベース周りが担当なので、端末設置の作業などには関わらない。だが手が空いていれば別である。こういうのは助け合いだ。ここで恩を売っておくと、後で「モニタの場所変えたいんだけど」とか言っても嫌な顔は三割減ぐらいになる。


 端末名が印字されたテプラと、院内の見取り図を手にして最初の場所に向かう。そこは使われていない病棟の一角だった。ナースステーションには明かりがなく、壁の一部にはなぜか木の板が乱雑に打ち付けられている。人の出入りはあるのか、未使用の医療器具が積み上げられていた。

 本当に此処だろうかと思って周囲の病室を見たが、どれも鎖で厳重に締められていた。改装中なのか、放置されているのか、それすらもよくわからない。


 だがナースステーションの隅に真新しいモニタがあったので、とりあえずそれにテプラを貼ることにした。手にしたテプラの山の中から該当のものを見つけ出し、貼り付けようとした時に問題が発生した。


 剥離紙が剥がれない。

 というか、どうやって剥がしたら良いのかわからない。


 いつも使っているテプラだと、テープの端にわかりやすく切れ込みが入っており、すぐに使うことが出来る。

 だが私が今手にしているものには、その切れ込みがない。すべすべとした手触りを指先に与える一方だ。


 とりあえず端に指を掛けてみる。……剥がれない。

 剥離するために端をちょっと折ってみる。……ちょっと折れただけ。

 とりあえずグニグニしてみる。……テープがグニグニになった。これは酷い。


 格闘すること五分。手の中のテープは半分ぐらい揉みくちゃになっていた。

 地獄か?

 テプラが永遠に剥がれない地獄にでも落ちたかと思うくらいに、剥がれる気配がない。きっと生前にテプラに対して非道の限りでも尽くしたのだろう。使う予定もないテープの剥離紙を剥がしてグチャグチャにしたとか、そういう極悪非道な前科があったに違いない。


 このテープが貼れない限り、私は此処から動けない。剥がれないテープに指の先の神経を削り落とし、皮膚や筋肉を磨滅させ、この静寂を湛えたナースステーションで、もはや裏も表もなく概念と化したテープを相手に苦戦し続けるのだろう。


 そんな悲劇を想像して溜息を吐きながら周りを見ると、セロハンテープが目に入った。そこでふと考える。剥離紙がテープについているのは、テープの粘着力によるものである。剥離紙に粘着力はない。というかあったら困る。それに剥離紙そのものも、テープにしっかり貼りつかないような構造になっている筈だ。そうでないと意味がない。


 つまり、テープの裏に粘着力の高いセロハンテープを貼れば、剥離紙はそちらに引っ張られるのではないか?


 その思い付きを実践するために、セロハンテープを少し拝借した。テープの端をくっつけて、爪で軽く押さえつける。それから軽く引っ張るようにして持ち上げると、薄い剥離紙がベロリと剥がれた。

 勝った。テプラに人類は勝利した。これぞ頭脳戦である。


 と思ったら、途中で剥離紙が綺麗に真っ二つに割れた。テープの中央に切れ込みが入っていた。それに気付かないまま、私はただ神経をすり減らして、なんだったら憂鬱の檻に自らインしていたのである。

 誰もいないナースステーションで思わず笑った。西暦二〇二〇年、人類はこうしてテプラに敗北したのである。


 残り五十七枚也。

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