8.妹は地獄を纏って生きている
テレワークで暇だなーと呼吸を繰り返すのみの日常を送っていたら、妹からSNSツールで連絡が来た。姉妹仲はそれなりに良い。
「ジーパンが似合わない」
お前のことは生まれた時から知ってるけど、ジーパンが似合ったことは一度もない。子供のアイコラだってもうちょっと自然に作れるわ、というぐらいジーパン……というよりズボンが似合わない。
「シンプルな服装というものに憧れを抱いたので、挑戦しようかと思ったの」
「いつものピラピラした服でいいだろ」
「いつもそうなるんだもん。新しい色、新しいデザインを求めて探しているのに、気づけばいつもの花柄地獄」
何だって?
確かに記憶の中の妹はいつも花柄だ。ピンクや赤の花柄ワンピースで、レースかオーガンジーをひらひらしながら歩いている。
「花柄のものばっかりなの」
私はてっきり好きで花柄を集めていると思っていたのだが、どうやら違うらしい。妹にとっては花柄で埋め尽くされる自分のファッションが地獄なのだ。きっとあのレースだらけの靴下も、もこもこファーのバッグも地獄の一部なのだろう。それしか似合わないから仕方なく花柄とレースとファー。それをずっと繰り返している。
じゃあ着なければいいじゃないか、というのは容易い。しかしその場合、次に何を着るかという問題が起きる。血を分けた肉親を裸族にするのは気が引ける。ストロング・ゼロを一本くらい決めれば「原点に戻ってイチジクの葉っぱから始めようぜ」ぐらい言えるかもしれないが、間違いなくブロックされる。
しかし、花柄地獄とは面白い言葉である。地獄に花柄はないだろう。大体が赤と黒を混ぜ合わせて、針山を添えた前衛気鋭のオシャレなインテリアで統一されている。そもそも地獄とは地球の表面積の十倍はある広大な大自然のことを指すのであり、人の体の範囲にある地獄なんて見ない。
しかも妹はその花柄地獄をわざわざ身につけているのだ。となるともうあいつが地獄みたいなものだから、八大地獄の片隅にあっても良いのではないだろうか。花柄地獄。その中にファー山とレース池があり、獄卒はクソダサいファッションに身を包む。偶にセールが開催される。花柄だけの。
「いいじゃん、そのまま地獄を纏って地獄履いて地獄被って生きてけよ」
と、ついうっかり返してから五日が経過した。妹が返事をくれないので、地獄で生きていると信じている。
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