6.消毒と想像

 最近、暑くなったり寒くなったりの繰り返しで微妙に体調が悪い。長引くテレワークのために体力が低下気味なのも原因かもしれない。先週など久々に仕事で外に出かけたが、一時間立ちっぱなしになっていただけで脹脛が死にそうになった。あとあまり人と対面で話していなかったので声も上ずった。

 冷え性なので指先などが冷たくなりやすい。生姜が良いと聞いたので毎日せっせと擦り下ろしていたら、「温めないと意味ないよ」と先輩に指摘された。冷たい状態だと殺菌作用しかないらしい。毎日殺菌生活をしていたというわけだ。今ならバイキンマンを握手しただけで消滅出来る気がする。


 そんなことを考えていたら、ノロウイルスが流行した時のことを思い出した。当時のバイト先(飲食)でも「ちゃんと消毒しましょうね」みたいな通知が本部から来た。その通知と共に届いた消毒液は、速かにバケツの水へと注がれた。テーブルを拭くダスターを洗うのに使っていたバケツである。それまでは水オンリーで朝から晩まで使いまわしていた。ここに来て漸く衛生観念が導入された感じである。今から思えばとんでもない話だが、当時はまだ消毒液なんてものは神経質な人が使うもの、みたいな風潮だったので仕方がない。因みに別の飲食でバイトしていた時は、水分補給はでかいピッチャーに麦茶を入れて、それを皆で直飲み回し飲みだった。あれもなかなかに酷い。


 消毒液が導入されたのは良いのだが、業務用のものだったので計量するための物が付属していなかった。かといって食事を作るために使っている計量カップやスプーンを使うのは気が引ける。

 そんなわけで毎日消毒液は目分量でバケツに注がれた。急に文明が発達しちゃったので人間がついていけないのである。それに店の性質的に、かなり大雑把な連中ばかりだった。神経質な人は二日で逃げ出すような環境。そして支払われない交通費。自分達で洗っているのに搾取される制服の洗濯代。

 その消毒液の量は非常に多かった。下手にバケツの中に手を入れると、指先がぬるりとするのだ。あれは皮膚が溶けていたのだろう。カビキラーを触ってしまった時と同じである。


 しかし若くて愚かで、あとついでに言えば一般常識が欠如していた私はそれがさっぱりわからなかった。何しろいい年して米の炊き方を知らなかったのだ。消毒液の濃度など知る由もない。


 毎日その濃い消毒液の水添えみたいなものに接していたら、皮膚が溶けて薄くなり、強い消毒液のせいでささくれて、出来た傷から雑菌が入った。指が何本か腫れ上がり、まともに自転車のハンドルも握れなくなったところで、漸く消毒液が原因だと気付いた。皮膚科の先生には子供を諭すような口調で説明された。


 指の腫れが治った頃に店に行き、店長に「あの消毒液は濃すぎる」と文句を言ったら、店長は不思議そうな顔をした後に「だったら自分で薄めればええやろ」と返した。確かにそうだ。そうなのだが、世の中には自分には想像もつかないほどの馬鹿がいることを知ってほしい。人は愚かな生き物なのである。

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