5.今更な話

 テレワーク中に会社に大事なものを忘れたことに気がついた。普段はあまり使わないのだが、必要になった時には代替え品がないような類のものである。会社には固定回線がある都合上、常に管理職が一人はいる筈なので連絡をしてみたら、直属の上司がいたので取りに行くことにした。上司には「気をつけて」と言われたが、ウイルスが目に見えない以上は、何を気をつければ良いか不明である。そういえば昔はウイルスってビールスと言っていた気がするが、どこで変わったのだろうか。


 会社までの道のりは非常に楽だった。人がいない電車は好きである。いつもならギュウギュウになって爪先立ちで行くような路線も、ハイヒールでクイックターンを決めれるほどには空いていた(履いていない)。

 職場に到着すると、いつもよりも寒いオフィスに出迎えられた。一人のためにエアコンを回すような財力は弊社にはない。上司は私を見ると軽く挨拶をした。


「外出るの躊躇しませんでした? 昨日も感染者数が多かったし」

「今更ですね。これで会社にいるのが別の人なら考えましたけど、上司だから別にいいかなって」


 私たちの仕事は病院のシステム導入である。

 仕事の佳境は三月から四月。したがって自粛要請が出ていても仕事に行く頻度が高い。担当病院の中にはニュースに出てくるような場所もある。つい先日なんて、某病院の対応をした者は会社に来るなと言われたぐらいだ。酷い、と嘆きながら『十三機兵防衛圏』をクリアしたのは良い思い出である。


「あれ、でも上司この前休んでませんでした?」

「あぁ、娘が高熱で寝込んじゃって」

「え、大丈夫でした?」


 そう聞くと上司は苦笑いを溢した。


「インフルエンザでした」


 インフルなら良かった? いや、良くはないか。コロナによってインフルの危機感がだいぶ低下した気がする。あれも十分に怖い病気には違いない。


「上司は罹らなかったんですか?」

「もう十年以上罹ってないですよ。逆に淡島さん、罹ります?」

「生まれてこの方、一回も罹ったことないですね」


 互いによくわからない笑みを浮かべる。どういうわけだか、私たちのチームはインフルエンザに罹らない。予防接種も受けていないのに問題がない。多分通年で病院に仕事に行くことで抗体が出来ている気がする。逆かもしれない。そういう丈夫な人間しか残らなかったという解釈も出来る。


「今更ですね」

「今更、今更。じゃあA病院行ってきまーす」


 目的のものを回収して、颯爽と職場を後にした。

 頑丈な社畜は今日も頑張る。


※念の為に言っておくと、きちんと感染予防して生きている

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る