剣聖伝説

白瀬直

第1話

 ――2199年9月18日。

 ラグランジュ3。災害指定コロニー「ソラフネ」。


 その日、《武蔵》は侵入者を感知し、静かに眠りから覚めた。

 全長2メートル強の機械の体躯。兜を模した頭頂部の中央にあるセンサーが赤く灯り、その稼働を周囲に知らせる。

 胸部中央にある炉に火が入り、全身を電子が走る。

 駆動系を精査。前回の休止から実に47000時間が経過していたが、前回の稼働時の点検と変わらず、全身のどこにも経年による劣化は見られない。

 感覚質を拡張。侵入者の感知を伝えたコロニー本体の回線に接続をしようとしたところで、それが遮断されていることが判る。

 接続先を切り替えても反応は無し。コロニー全体の電気系統が落とされていた。人口太陽も停止しており、光と熱源を失ったコロニーに冷たい風が吹き始めていた。

 推測。今回の侵入者の仕業であると断定し、個体に備えられた感覚質を一つ一つ精査してゆく。頭部カメラが捉える映像に変化はないが、振動計に感があった。

 距離は100メートル。柔らかく伸びた草の上を歩く軽い足音と機械の駆動音が微かではあるがその存在を伝えている。全長は2メートル弱。二足歩行。総重量100kgに満たない。何かしらの武装を携えた《人》である。

 その判断を以って、回路の奥に刻まれた行動原理が顔を上げる。

 人を超える。そのたった一つの目的のために造られた存在は、それを明確にするためにその感知できるすべてのヒトを排除してきた。

 武蔵が作られ、まだ人の多くあったこのコロニーを制圧してからじきに100年が経つ。数多の人がコロニーを奪還せんと武蔵に挑み、その数だけ宇宙に屍を晒した。じきにこのコロニーは稼働しながらも災害地域に指定され、全ての侵入者を排除し続けたその強さと、その名より、宇宙の辺境にあるこのコロニーが剣豪の聖地の名で呼ばれるようになる。

 ガンリュウジマ。

 久しぶりの《挑戦者》に対しても機械の体は何の感慨もなく、ただ目的を全うするために起動する。

 各部関節が駆動、左の腰に差した刀に手を回しつつゆっくりと立ち上がる。

 感覚質が周辺区画の精査を完了。音響系の反応も無く、挑戦者は正面の1人のみであった。

 抜刀。

 1メートルに及ぶ刀身を持つそれは見た目こそ打ち刀に酷似しているが、刃先に高振動機構を内蔵しており触れたものを容易に切削する。100年の長きにわたり数多の人を斬ってきた鋼は、未だ鈍ることのないその刀身を挑戦者に対して晒した。

 自動人形であればこそ、武蔵は全ての人に対し一律に相対する。

 正眼の構え。100年間勝利を積み重ねてきた自動人形の変わらぬ構えに、油断や驕りは影すらもない。

『参る』

 搭載された音声機構が発する、開始の合図。

 その声を聞き取ったとも思えないが、挑戦者も同じく行動を開始した。

 センサーが熱量の膨張を感知。熱源は侵入者が肩にマウントしたレールであった。

 閃光が走る。

 音速を遥かに超えた鋼体が彼我の距離を一瞬のうちに走破。その身を焦がした弾丸は電磁投射砲によるものであった。

 デトロイトエレクトロニクス製電磁投射砲。いわゆるレールガンは、1000m以下の距離であれば武蔵の身体を貫通しうるだけの威力を持つ。

 だがその威力も、被弾さえしなければ意味はない。

 武蔵の兵装は自身とその刀のみであり、武蔵に挑む者は必然、その手に射撃兵装を携えている者が多かった。それらから得た「経験」はこの自動人形に十分に蓄積されている。100メートル先に見えた射手の動きからの射線予測は、いともたやすくその回避を可能にした。

 そして、電磁投射砲は速射性が低い。

 弾丸を躱すと同時、左の脚を折って横に傾ぎ右足が柔らかい地を掴む。刀を下げ、蹴り出しで上体を加速するその直前、

 ――2射目の弾丸が、頭部側面を掠り穿った。

 破片が散る。弾かれるように上半身を回し、即座に自身の感覚系を精査。脚部を地に付けると同時にそれを終えると、重力感知、モニター、震動計やその他ほとんどの感覚質は生きていた。破壊されたのは計測器を司る電装の一部で、燃料計や位置測定機能が使えなくなっていた。だが、戦闘そのものに支障はない。平衡も失っていないのを確認し、改めて正眼に構える。

 改めて思考する。DE製電磁投射砲はその速射に難があり、正式採用を見送られた形式である。発射時に発生するプラズマの熱量を逃す機構はあるが、その連続射撃には1分以上のクールタイムを必要とする。この速度で2射目を撃つとなれば、レール本体の融解は免れない。

「よぉ、武蔵坊」

 感覚質に声が届く。低く、しわがれた声は年齢を感じさせた。

 声の主は強化装甲の駆動音を響かせながら歩いてくる。銃口の融解したレールガンを無造作にパージし、背面にマウントしたバックパックから分割された機械槍を取り出し、展開。

 10メートル強での対峙。自動人形・武蔵の必勝の距離に至ってその挑戦者は不敵に笑う。

 身の丈とほぼ同じ長さの槍を中段に構え、握りに合わせて刃先の高振動機構が起動する。

「殺しにきたぞ」



 強化装甲が地を蹴る音は極めて微かに。

 音にそぐわぬ爆発的な加速は、男の体を一瞬で武蔵の下へ運んだ。

 自動人形である武蔵に、速度による認識齟齬は起きない。目の前にある現象を測定した上で、行動を開始する。

 男の、背面に回る軌道を確認し、その刃先を刀身で受け止めた。

 間髪を入れず、逆袈裟に斬り上げる一撃。振り向き様のそれを男は難なく槍で流すように受け止め、弾く。

 切り結びが連続した。払いに合わせて受ける動きはそのまま次の構えに。突きを半身だけずらして躱した勢いのまま切りかかれば、その刃先を弾く様に石突が横に殴る。

 音の響きは高く。刃先の触れ合うとき、より一層高い耳鳴りが響く。

 至近での取り回しは剣である武蔵に分があれど、男はその間合いを的確に調整した。飛び掛かり、神速の突きを放つと同時、武蔵の横に回る動きを視界の端に取らえれば既に槍は次の振り回しに入っている。

 武蔵の斬撃は全てが神速であり必殺。そしてその全てに、男は的確に槍を合わせてきた。

 切り返しを受け止め、その勢いを流しながら軽く跳躍。全身を振り、槍全体を大きくしならせた叩きつける一撃。

 その重量と強化装甲で上乗せされた膂力の乗った人ならざる一撃は、受け止めた機械の体をして地に足を沈ませる。

 脚部の装甲が軋む。

 駆動を一段と強め、そのまま上へと跳ね除ける。宙に浮いたままの男へ刀身を返すと、その時には既に空中で身体を回した男が槍を振りかざしていた。

 上半身を制動。逆方向に転身させて逆に距離を取る。数メートルの距離を飛び、跳ねるようにして態勢を整え着地する。

 十分な距離を置いた、わずかな静止。

 武蔵が稼働してから、排除対象から距離を取る動きを取ったのはこれが初めてだった。

 その一間で男は息を整え、武蔵は動きを解析する。

 竿状武器の弱点と言われる連撃の間の隙さえ、武蔵の剣速をもって捉えきれないほどの刹那。得意な間合いを外してなお剣に匹敵出来るほどの槍さばき。尋常ならざる能力を前にしてなお、それを超えんと武蔵の電子回路は熱を持つ。

 首周りの排熱機構が作動。

 風が二人の間を撫ぜ、そしてまた、男の側が直線的な加速をして正面から激突した。

 その激突は既に数度、そこからの鍔迫り合いに至っては数十度。

 高振動機構同士を打ち合わせた際に起こる不快な耳鳴りもここの対峙には影響しない。

 互いの必殺を違いが理解し、刃先の行方に最優先の気を配る。斬りつける度、打ち付ける度にそれが届かないことをそれぞれが理解する。

 武蔵は、自分の体躯同様にその刀の状態も把握している。この打ち合い、あまり続けるべきではないことも数度目には理解した。相手の目的がそこにあるように感じられるのだ。

 この男は、こちらの武器の破壊、それを目標にしている節がある。

 もちろん、武蔵は自動人形である。刀を失ったとて一人の人間を排除するだけであれば、その機械の体躯があれば問題なく遂行できるであろう。

 だが、目の前の男はただの人間ではなかった。少なくとも、武蔵を相手に数十に及ぶの打ち合いを行ってなおその身に一太刀も受けることなく攻め立て続けるだけの技倆を持っている人間である。

 その上で、先のレールガンの使い捨ての様を見るのであれば他の武器をまだ隠し持っている可能性は高い。槍と引き換えに、刀を奪う。それを一つの目的にしていると感じたのは、蓄積された経験則によるもの。

 勘と表現されるべきその経験則に、機械の身体は従った。

 刃を合わせた刀を握る腕に力を込め、突き放す。

 その動きに合わせ、男はその槍を引く。柄をぐるりと回し石突で刀の腹を殴り飛ばした。

 バランスが崩れるも、武蔵は驚愕に声を出さない。

 相手の動きを認識し、刀を離そうとしているその動きに逆らわず一度左に振り、それでなお右手を強く握りなおして返す形で逆袈裟に斬り上げる。

 瞬間。男の上半身が消えた。

 補助としてではなく、強制させる動きで装甲が駆動。スウェーの要領で上半身をほぼ水平になるまで後ろに倒し、そのまま横に回転するように体をひねる。上半身のひねりと地に突き刺した槍の反動、さらに右足の踏切りによって生まれる勢いを全て甲に乗せ、

 蹴撃。

 それは武蔵の前面装甲の一部を割り、その圧力で機械の体躯を軽々と吹き飛ばした。

 背後にあった建物、教会のステンドグラスを盛大に割り散らしながら、武蔵はようやく姿勢を制御した。

 突き破った壁の穴から、男が歩いてくる。

「そろそろだな」

 その声は足取りと同じように軽い。ほんの少しだけ息を乱しているが、それでもなお十分な余裕はあるように見える。

 武蔵は改めて状態の確認を行う。胸部装甲に破損があるが駆動系への障害はない。刀身には金属疲労がたまり始めている。創痍というにはまだ遠く、そしてもしそうであったとてこの自動人形は止まらなかった。

 膠着を打ち破るため、出力系を強化する。各部関節が赤熱し、僅かに発光までしている。武蔵の超過駆動である。

 再度、首周りの排熱機構が作動した。

 武蔵の呼吸ともいえるその動作の直後、地を蹴る鈍い音とともに武蔵は跳んだ。それは人の認識を超える速度。刃先を水平に構え、質量をそのまま押し付けるような突撃を、男は真っ向から受け止める。

 縦に構えた槍で受け止め、そのまま下に流そうとしたところで武蔵はその刃を上に持ち上げる。機械の膂力を十二分に発揮し、槍を打ち上げた。

 手首を返し、左手で引く様に刀身を叩きつける追撃。

 打ちあがった槍の柄を破砕すると同時、武蔵の目はそれとは別の事実を認識した。

 男は、槍をその手の中で分解していたのだ。

 中央の柄のみが砕かれ、左右の2本を握った男は既に武蔵の左脇に回り込んでいる。

 反応速度の上がった武蔵はその行動を認識すると、右に半歩だけ移動しつつ刀ではなく左手のみを振った。機械の身体を直接叩きつけるそれは同時に攻撃でもあり、男が左手に持った刃先だけを正確に弾き飛ばす。

 刃を失った男に、右手が追いつく。超過駆動状態の武蔵であれば片腕で刀を振るったところでその威力は減衰しない。男が右手の柄を当てようと構えるが、それごと切り捨てることが可能であるとの判断が下るのに時間は要らず。

 振り下ろした。

 聞こえたのは、融け落ちるような奇妙な音。その刃先を「失った」武蔵は再度飛び退いた。

 男が持つ槍の石突の部分から、青白い光が伸びている。武蔵の感覚視で白く捉えられるその熱源は、ビームセイバーと呼ばれる熱の刃。融け落ちた刃が床に落ち、一つ高い音を響かせる。

 それと同時に、武蔵の身体に異変が起きた。飛び退いた姿勢のまま停止したのだ。

 関節部の赤熱が止まり、頭頂部のセンサーも消灯する。

「オーケイ、ようやくか」

 その停止を確認して、男はビームセイバーを下げる。

 息をついて、

「太陽光による充電で最大12時間連続稼働、カタログ通りだ」

 そっと、その兜に手をかけ、

「剣聖武蔵、討ち取ったり」

 呟いた。


 ◆ ◆ ◆


 数日前。

「お前、武蔵に挑むって、本気か?」

「ああ」

「……意地か?」

「かもな。何にせよ、負けっぱなしじゃいられねえだろ」

「負けっぱなしって、お前これ初めてじゃないのか?」

「俺がじゃねぇよ」

 その男は、不敵に笑う。

「人間がだ」


「100年前から成長してんだってとこ、ご先祖様に見せてやんなきゃな」

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