第30話 財を、肉を貪る。
(全テハ捌ケヌナ)
身動きがロクに取れない空中でこの高密度の攻撃に対し、饕餮は自分の前だけを焼き払うことに注力した。
自分の体程の範囲を何とか消し去り、ややしたり顔を浮かべるが、たちまち驚愕の表情を浮かべることになる。
残存した矢が軌道を変えて四方八方から襲いかかってきたのだ。
(奴ラガ一枚上手カ…)
無数の矢が体を貫く。
血を吐き、視界が霞む中、饕餮は昔の事をボンヤリと思い出していた。
始まりは1匹の犬だった。
人と魔の戦争で、街や村は破壊され、略奪、暴行、殺戮が横行しており、人々は飢餓と疫病にて弱り切っていた。
饕餮は最初、別の名前で呼んでくれる人族の飼い主がいたが、目の前で魔族に殺されてしまった。
何故ご主人が殺されたのか、自分はこれからどうしたらいいのか、何も分からない。
心の傷を癒す術もなく街を彷徨っていたが、いつしか骨と皮だけの体で目を閉じ体を丸めていた。
ただ主人の幻を瞼の裏で見つめ、最後の時を迎えようとしていた時だった。
「おいで」
1人の少女がパン屑を手に、彼を呼んでいる。
饕餮は目を開けるも、立つ力は無く尻尾を一度振ると再び目を閉じた。
嘆く言葉も、なびく気力も、戦う力もない。
目を覚ますと彼は、汚いボロ屋の汚い布に包まれた、少女の腕の中にいた。
気絶していたため現状に困惑したが、その痩せ細った体ではもう生み出せなくなった暖かさが彼を落ち着かせる。
すると彼の起床に合わせて少女も目を覚ました。
「お食べよ」
先程手に持っていたパン屑と水を入れた容器を地面に置き少女は促す。
伺うように少女の顔を見上げると、その顔がとても美しい笑顔を浮かべていたため彼は少し安心し、パンを口にした。
彼の心に消えかけていた火が灯った瞬間だった。
少女は孤児であり、物乞いをしたりゴミを漁ったりして暮らしている。
1日の糧すらままならないが、それでも毎日饕餮へ何かしらの食事を与えていた。
そんな彼女の献身に饕餮が心を開くまでそう時間を要さなかった。
互いに家族を亡くし、身を寄せ合った1人と1匹は、いつも一緒に行動し、寒い夜は抱き合って寝て、劣悪な世にあっても確かな幸せを感じていたであろう。
だが世界は彼らのそんな僅かな幸せすら許さなかった。
飢えた野盗が饕餮を食用にするべく、少女を脅したのだが、屈しなかった為痛めつけられ、遂にはその命を奪ってしまったのだ。
変わり果てた姿となった少女を目の当たりにして、彼の中で何かが切れた。
今まで酷い仕打ちを受けた事は一度や二度ではないが、それでも人に牙を剥いたことはない。
前の主人も、今回の少女も人で、彼らから貰った温もりは決して嘘では無かったからだ。
だがもう彼の心は限界だった。
野盗を噛み殺し、その肉を喰らい、一晩少女の遺体のそばで過ごした後ひっそりとその場を後にした。
各地を放浪し、屍人の肉を喰い、憎しみを増して彼の姿は少しずつ変容していく。
体は大きくなり、人語を解する知能を得て、目を真っ赤に血走らせ、その体からは膨大な魔力が漏れ出していた。
犬には当然魔力などないが、饕餮は魔族の死肉を喰らう内に、その魔力を体内に取り込んでいた。
それでも外的要因で得た魔力は、本人のキャパを超えて体内に止まる事はない。
しかしなんの因果か、饕餮の体は魔力の器として非常に優秀であり、その体はいつしか無尽蔵とも言える魔力で満たされていたのだ。
悍しい姿の怪物の出現に世間は戦々恐々し、彼を追い出そうと石を投げた者は瞬く間に殺され、事の鎮圧にあたる為派兵された兵士たちですらもはや敵では無かった。
自分から主人を奪い、そして自らにも刃を向けてくる人間達への憎悪は計り知れ無いほど膨れ上がり、彼は今後長く戦い続けることとなる。
そして自分の存在が知れ渡る度に、自分を恐れ、慄く人間達に饕餮は名乗りを上げた。
「私ハ饕餮。
貴様ラノ全テヲ貪リ尽クシテヤル。」
(私ノ全テヲ貪ッタ貴様ラニ思イ知ラセテヤル。)
時同じくして出現した怪物、
混沌(こんとん)
窮奇(きゅうき)
檮杌(とうこつ)
そして饕餮。
世界はこの怪物達を恐れ四凶と呼んだ。
怪物達の進撃は長く続き、いくつもの国が甚大な被害を受けた。
この被害は皮肉なことに両種族の一時的な結託を生み、混沌、檮杌は討ち取られ、窮奇、饕餮は封印されることとなる。
封印の札を貼られ、意識を奪われる最中、饕餮は人間を呪い続けた。
(貴様ラヲ皆殺シニシテヤル。
皆殺シニシテヤル。
皆殺シニシテヤル。
皆殺シニシテヤル。
皆殺シニシテヤル。
皆殺シニシテヤル。
皆殺シニ…。
…
…
…
…
…
御主人…)
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