第29話 背中
「別レハ、スンダカ。」
饕餮は低くおどろおどろしい声を発した。
「話せるのだな。
ならば頼みたいのだが、ここらで痛み分けには出来ぬだろうか。」
「聞ケヌ相談ダナ」
「この街を壊滅させるのか?」
「コノ街ダケデハナイ。
何レ、コノ世ノ全テを滅ボシテヤロウ。」
「お前は遥か昔現れた時にも世界で暴れまわったそうだが、何故そんな事をする?」
「…貴様ニハ関係ノナイ事ダ。
モウ待ツ必要モアルマイ。
私ニ傷ヲツケタ腕ヲ称エテ、楽ニ殺シテヤル。」
饕餮が体に纏う紫の炎がより一層激しく燃え上がる。
「それは、ありがたいけど遠慮させてもらおう。
追撃は頼むぞ、ヨル。」
地面が陥没する程の踏み込みの後、トラバルトの剣は饕餮のすぐ眼の前まで迫っていた。
(…何ナノダコイツハ…。)
饕餮は困惑していた。
その剣威は彼の長い戦いの歴史でも体験した事がない。
過去、彼を追い詰めたのはいつだって数と策略だった。
だが今日の相手はたった2人。
とは言えこの2人の強さはどういうわけだ。
(コレハ受ケラレヌ。)
脳天を割ろうとしていた剣を頭を下に引く事で躱したが、その眼には既に帰ってこようとしている刃が見えている。
(速イ、ガ、勢イハ一撃目ホドデハナイ。)
饕餮の牙は正に今自分を斬ろうとしていた剣を噛み砕いた。
「首ヲ貰ウゾ」
防ぐ術をなくしたトラバルトの頭を、巨大な爪が引き裂こうとした刹那、フッとその体が視界から消えた。
トラバルトは身を深く沈め、先程自分が付けた下顎の傷に、その巨体が浮き上がるほどの背面蹴りを放ったのだ。
激痛に雄叫びを上げる饕餮だったが、トラバルトとの距離が空いた事を利用して、体勢が崩れていた彼に紫の炎を浴びせた。
「消シ炭ニナレ」
迫りくる炎に力強く踏み込み、折れた剣を振り抜くと炎は風に散っていく。
流石に全てを散らす事は出来ずに傷を負ったが炎を正面から消し飛ばす人間など饕餮は見た事がなかった。
(ヤハリアノ程度デハ殺セヌカ…)
饕餮は徐々に苛立ちと焦りを覚えていた。
(追撃は頼むぞ、ヨル)
トラバルトの先程の言葉を思い出し、ハッとした彼はヨルムンガンドを慌てて視界に入れた。
魔族の体には生来魔力が宿っている。
その魔力は各用途毎の使用に比例して減少し、時間経過等でで回復するものだが、絶対量自体は基本的に終生変わる事はない。
その絶対量の多さにより魔族は階級分けされており、羽付きと呼ばれる一部の魔族はその保有量も一般の魔族と比べて桁違いに多い。
当然ヨルムンガンドを始めとする魔導と呼ばれる者達や、各国の魔王達はそれをさらに上回る。
魔力の用途は保有量の多い者程多岐にわたり、一般の兵士も使う魔力による身体強化、代々魔導が使う“流魔”と呼ばれる闘術などがある。
ヨルムンガンドは流魔の扱いにおいて、端的に言えば凄く器用であった。
魔力を体外に放出する事自体が非常に高度な操作なのだが、彼女はそれに留まらず、槍を型取り貫いたり、剣を模して切り裂いたり、盾型に展開して攻撃を防いだりと非常にセンスを有していた。
それは代々伝わる流魔の闘法書に新しいページを記すほどだ。
以前トラバルトと戦った時、彼女は連戦による消耗、ガウェインより受けた傷、何よりモチベーションの低さが災いし彼に歯が立たなかった。
しかし彼女が万全あったなら、その勝敗は分からなかっただろう。
「ミストルティン」
錬成には時間を要する。
だから今までの戦闘では大技を使う事は殆どなかった。
しかし今は安心して戦局を預けられるだけの力を持ったパートナーがいる。
彼女の背後には夥しい数の矢が錬成されていた。
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