第28話 並び立つ

2人が街の入り口に着くとそこに、この世のものとは思えない姿の怪物が降り立った所だった。


姿は犬のようだが大きさは小さな家くらいには匹敵しそうな程であり、その目は血のような赤が揺らめいており、体全体から紫色の何とも形容し難い炎のような物が沸き立っていた。



(この姿、まさか)


伝説に名を残す怪物、饕餮。


この場にいる誰もがまさか自分の目に彼を映すことになろうとは思っていなかっただろう。

すかさず2人以外の人間は一目散に逃げ出してしまった。



饕餮は降り立った際に踏みつぶした家からゆっくりと歩きだし、2人を伺うように近づいてくる。


周囲の人々には目もくれず、饕餮はまず2人を殺さねばならぬと直感したのだ。



「コイツは、話してなんとかなったりしないよな。」


「試してみたら?」


2人はこめかみに汗を流していた。


伝説で饕餮を知るトラバルト、饕餮なぞ名前も聞いたことないヨルムンガンド。

だが知ってようが知ってまいが関係ない。

誰が見ても尋常じゃない相手なのだ。


「ヨル、下がっていろ。

いざとなったら飛んで逃げるんだ。」


「絶対、やだ。」


「ヨル…」


トラバルトは一瞬ヨルムンガンドに視線を移した。

その瞬間受けたらただでは済まない事が誰の目にも明白な爪撃がトラバルトを襲う。


(速いな…)


すんでのところで剣を抜き受け止めるも、その膂力は圧倒的でありトラバルトをもってしても切り返すことが出来ない。


「パルチザン」


ヨルムンガンドが流魔による槍を数本形成し饕餮の横腹目掛け放つも、彼は空を舞い余裕を持って躱してのける。


その着地を狙い2人は左右から襲いかかるも、饕餮は地面に向かって口を開き、燃え盛る紫の炎を吐き出した。



「く…」


2人は後ろへ跳躍し何とかそれを凌ぐ。


(こいつはやはりまずい相手だ。

ヨルを逃さねば)


炎が立ち上り、壁となって饕餮の姿を隠す。


トラバルトは渾身の力を持ってその壁に向かって剣を振り下ろし、立ち上る炎を消しとばしたが、消えた炎の中から饕餮の牙が迫る。


トラバルトの剣は長く重い。


常人ならば振り上げ、振り下ろす、この動作すら非常に困難だが、彼は違う。


振り下ろした剣は、饕餮の牙がトラバルトを砕くよりも早く帰ってきていた。


その刃は流石の饕餮も躱しきる事が出来ず下顎に一撃をもらい、悍しい雄叫びをあげながら後ろに倒れ込んだ。


そこへいつの間にか空へ飛んでいたヨルムンガンドが追撃を放つ。


「グングニル」


巨大な槍が、空から地面に倒れる饕餮目掛けて振り下ろされた。


「ク、オノレ…」


回避がままならない饕餮は、紫色の鈍い光を纏った口元から炎を吐き出す。

その炎は先程の燃え盛る火炎とは違い一点に収束しており、ヨルムンガンドのグングニルと激しくぶつかった。


その衝撃は凄まじく、空中にいたヨルムンガンドは吹き飛ばされてしまった。




駆け出したトラバルトが何とか落下する彼女を受け止め後ろを振り返ると、饕餮は一際闘気を猛らせ、雄叫びを上げていた。


「ヨル、今すぐここを離れるんだ。

こいつの相手は私がする。」


「やだ」


「意地を張ってる場合じゃない。

早く逃げろ。」


「トラバルトは逃げないじゃない。」


「私は逃げるわけにはいかない。

お前を逃す為にも、この街を守る為にも。」


「じゃあトラバルトは誰が守るの?」


「私に守りなど必要ない。」


「私が守る」


「何?」


「私がトラバルトを守る。」


「何を言っているんだ。」


「トラバルトが死んだら、私、いや。

すごく、いや。」


「ヨル…」




「私、前トラバルトに助けてもらった時、嬉しかった。

私を女だと…1人の人間だと、扱って貰った気が、したから。

けど今、それのせいで私を…守ろうとするなら、やめてほしい。

トラバルトが戦うなら私も戦う。

トラバルトが逃げるなら私も逃げる。

…1人に、しないで。」


普段無口な彼女がこれほど長く話すことはない。

所々つっかえながらも、必死に言葉を繰り出していた。


「…。」


(私は今やただのトラバルトか)


「…ヨル、すまなかった。

私達は、死ぬも生きるも一緒だ。」



その言葉に彼女は胸を熱くし、ほんの僅か微笑んだ。


「うん。

けど、死なないよ。

私は強いから。」


「そうだな。

不思議と今は、負ける気がしないよ。」


2人は再び饕餮と対峙し、怪物達の戦いは佳境を迎えようとしていた。

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