第25話 戦勝国と敗戦国

オステインを立って数日、2人はベルンの街にたどり着く。


今回はヨルムンガンドの翼には頼らず、徒歩での移動に終始した為時間を要した。


街の様子は、意外にもそこまで大きな混乱はないように見える。

敗戦国とはいえ、和平の条件が知れ渡っている今、自分達を害する訳ではない事が皆も分かっているようだ。


だが2人を見る目は、やはり痛かった。


敵意、というよりは戸惑いや恐怖といった、得体の知れないモノを見る瞳だ。


声を潜めた市民の話を幾つか拾い、トラバルトは平静を保つことに終始していた。


(何故人と魔族が一緒に歩いてるのかしら)


(恐ろしい。

あの魔族、羽があるやつじゃないか)


(あの男、魔族に取り入ろうって魂胆かよ)



この声が聞こえてるのか否かわからないが、ヨルムンガンドの表情に変化はなかった。


だがオステインで村長に自分が嫌じゃないかと聞いたように、きっと彼女の中にも不安の気持ちは大なり小なりあるに違いない。


「もし不安なら私の服の裾でも掴んでるといい。」


本当は手を差し出そうかと思ったのだが、身長差故に不自由を感じ、こう提案したのだ。


彼女は自身の不安も、手を繋いだりする事で和らぐ事も恐らく確り理解している訳ではない。


だが気持ちの現れか、その手が離れる事はなかった。




(これでは街のものから話を聞くなど、出来そうにないな。)


この状況で市民からの情報は得難いと思い、2人は国営ギルドのベルン支所へ向かうことにした。

街の中枢たるギルドならば、徴用に訪れている魔族もいるはずだからだ。


道中、トラバルトはある事に気付いた。

ギルドは街の中央付近に位置するため、人の往来も本来は盛んなのだが、今は逆にギルドに近づくほど人気がなくなっていく。


警戒しつつギルドの扉を開け、中の様子を伺うと、そこには魔族の文官のような格好をした人物が5人、せっせと何かを準備しているようだった。


「すまないが、まだ準備中でな。

沙汰があるまで待たれよ。」


トラバルトに気付いた1人が手を止めずに口を開く。


「準備?

失礼ですが私はこの街に来たばかりでして、あなた達が何の準備をしているかも知らないのです。

一体何の準備をしているのですか?」


「ああ、旅人か。

ここはな、和平条件にあった土地の開墾作業に従事する者を募る場所として準備をしているのだ。

最終的には徴用する事になるが、まずは希望者を募るという事だ。」


「そういう事でしたか、お疲れ様です。

中心街だというのに人気が無いなので何事かと思いました。」


「我らがここにきて人族は色々思うところがあるのだろう。

戦勝国と敗戦国、そう簡単に割り切れるものでもあるまい。」


「そうですね。

おっしゃる通りだと思います。

私は志願は致しませんが、滞りなく事が運ぶ事を願っております。

それでは…」


「旅人よ、待たれよ。

一応今回の徴用に際しての条件等を取りまとめた紙だ、持っていってくれ。

お主のように隔てなく接してくれるものが1人いるだけで、異種族間の潤滑剤となるのだがな。」


作業の手を止めた男は一枚の紙を取り出し、扉の方に向かってきた。

トラバルトはヨルムンガンドを扉の死角に隠し、男から紙を受け取ると一礼してその場を後にした。



これからこの地には不況がくる。


戦に敗れ、人口は減り、今までの需要がパタンと途絶える。

この公共事業は国交という意味でも、民を救うという意味でも非常に歩み寄ったものだ。


(だが、あの様子では…)


この街の人々、いやそれは他の土地でも同じかも知れないが、ヨルムンガンドを見る目を考えると希望者はどれほど見込めるだろうか。

戦勝国の特権で徴用しても妙な禍根を残しかねないし、素直に厚意を認める事は易しい事ではないだろう。

なんとか人々には、自らの意思で差し伸べられた手を取って欲しい。


そう思案しているとヨルムンガンドが裾を引っ張った。


トラバルトは物思いに耽っていた自分を省み、俯いていた視線を前方に移すとそこにはお世辞にも善人とは言い難い風体の男達がこちらを見据えていた。

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