第22話 初めの課題

夜は空けて、2人は村長の家を尋ねていた。

順を追って話す為にまずはヨルムンガンドを外で待たせ、トラバルトは戦争と自らの顛末を報告した。


「お前が無事で何よりだよ」


村長は優しい口調で語りかけるもトラバルトは顔を上げる事ができない。


自らは失脚、国は滅亡。


自分の行いに後悔はないが、それと選択の正誤は別の話だ。


「私は結果的にこの国よりも、この村よりも、私の義を優先しました。

本当に申し訳ありません。」


「トラバルトや、確かにお前は将軍としての責任を違ったかも知れん。

だが、人間としての選択を誤ったとは思わん。」


その村長の言葉にトラバルトは国王との最後の言葉を思い出した。


「それにだ、お前が将軍として働いた間、一体いくつの武功を立てた事か、知らぬ世間ではない。

お前1人不在で負ける国ならば、逆にお前1人に今まで国が生かされていたのだろうよ。

寧ろ感謝せねばなるまい。」


「……。」


「貴族院の横暴も然り、大きな声では言えぬが、案外この辺りが国の寿命だったのかもしれんな。

トラバルト、お前はこの先どう生きる?

村に住むなら皆歓迎するが。」


「村長、ありがとうございます。

こんな身でも救われる思いです。

お話はありがたいですが、私は旅をしたいと考えています。

和平が成り、これから未知の国交が始まりますと、必ず混乱が生じるでしょう。

私はその混乱に呑まれる人々の助けに少しでもなれればと、僭越ながら考えております。」


村長の脳裏に幼少のトラバルトの記憶が蘇る。

無邪気に正義を志し、野を駆け体を鍛え、村人をよく気に掛けるいい子だった。

軍人になっても腐ることなく国に仕え、戦での活躍も村人達の知るところとなっていた。


そして伝わる失脚の報せ。


—————


「………立派になったな。」


「いえ、私はまだまだ未熟です。」


この子は変わらない。

体は大きく、貴公子然とした秀麗な容姿へと成長した。

だがこの子の心は常に弱者と共にある。

戦争や貴族院という国の闇の中でもその心を失ってはいない。


「すぐに発つのか?」


「はい、向かいたい所がありまして…その…。

先立って紹介したい人がおります。

会っていただけないでしょうか。」


躊躇いがちなトラバルトに少し違和感を覚えたが、村長は彼がわざわざ紹介したいほどの人間に興味持ち了承した。


「ヨル、入ってきてくれ。」


扉を開き入ってきたヨルムンガンド。

人間には成り得ない白い肌、僅かに覗く牙、そして別格の魔族の象徴たる翼。



これには流石の村長も面食らった。



「と、トラバルトよ、これは一体どういう事だ。」


「驚かせてしまい申し訳ありません。

彼女はヨルムンガンド、クドゥの王女であり、牢に繋がれていた私を救い出してくれた者です。」


ヨルムンガンド、その名はヘルやフェンリルと共に人族の間に知れ渡っている。

特にタニアではトラバルト罷免の原因として有名だ。

だがその張本人がトラバルトを救ったという。

ましてや王女。

あまりの情報量の多さに賢明な村長も容易に事態を飲み込むことができない。



「ちょ、ちょっと待ってくれ。

話についていけぬ。」



混乱する村長に無理からぬ事と、2人は事情を説明した。


2人の初邂逅の際の事。

ヨルムンガンドがトラバルトを助けるためだけに王都まで戦い抜いた事。

2人で旅に出る事。

何より2人は理解し合えていることを。



「村長、すぐに理解を得られる事とは思いませぬ。

しかし、これからの世、こういう形こそが普通であって欲しいと私は思います。

その為にはヨルを隠したまま村を出るのが憚られたのです。」


「なるほど…。

確かにお前のいう通りかも知れん。」


村長は未だに驚きの汗を拭っている。


「きっと2人がこれから経験し得る苦労は、これからの世界が経験する事と同義でしょう。

その理解を早める事が2人なら出来るかも知れませんな。」


村長は流石にヨルムンガンドの身分を知り畏った。


「村長、私の事、嫌じゃない?」


そう尋ねる彼女を横目にトラバルトは少し意外に思った。

風評とかに無頓着にも見える彼女にも、やはり気になるところではあるのだろうか。


「何を仰いますか。

確かに心臓が止まるほど驚きましたが、今や戦争は終わっておりますし、トラバルトがわざわざ紹介する程の方に対して、含む所があろうはずがありません。

何より、トラバルトの事を幼少の頃から知っているこの村にとって、それを救い出してくれたあなた様には感謝してもしきれないほどです。」


少し前のめりな村長から繰り出される謝辞に、彼女は少し困ってそうに見えたが、同時に安堵したように見える。


「しかし、わざわざ危険を冒してまで助けに来て、これから2人で旅となると、二人の関係はもしや恋人同士なのですかな。」


至って真面目に村長は尋ねた。


なるほど、端から見たらそういう詮索もあるのだろうな。

そうでないとなるとやはり不健全な関係なのだろうか。

トラバルトは少し考えてしまったが普通にありのまま話すことにした。


「いや、私たちはですね…」

「恋人同士って、何?」


時同じく口を開いたヨルムンガンドだったがその内容に男2人は口を開けて固まってしまった。

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