旅の始まり
第20話 彼女は壁などないかのように
水差しを携えたトラバルトがなるべく物音を立てないように家に入る。
「すまぬヨル、待たせたな。」
首を横に振り彼女はしばしトラバルトを見つめた。
自分に沢山の“何か”をくれる人。
その人とこうして好きではない争いを離れ、食事を共にする。
まるでごく普通の少女が抱く、純真で危ういそれのような多幸感に彼女は癒されていた。
その視線にトラバルトは、正解を導き出す事が出来ずニコッと笑顔を返したが、2人の間にはなんとも言えない時間が流れた。
ゴホン、と咳払いを1つして、トラバルトは水を彼女の分と自分の分を汲み、干し肉を入れた容器の蓋を開け支度を整える。
「こんなものしかなくてすまないが食べてくれ。」
促され、彼女は干し肉にかぶりついた。
体躯に比例して少し小さめな牙が覗き、苦もなく噛みちぎる様子を見てトラバルトは感心したようだ。
「牙というのは便利だな。
私ではそう容易にはいかないよ。
翼も実に有用だし魔族というのは、存外人族よりも数段進化しているのかもしれないな。」
「…ありがと…」
人が恐る魔族の牙や翼だがトラバルトはそれを見ても引いたり恐れたりしない。
彼女も少しトラバルトという人間を分かってきていた。
「ご馳走様でした。」
そう言い手を合わせるトラバルトを彼女が不思議そうに眺めている。
「それは、なに?
食べる前も手を合わせてた。」
「ん?ああ、これは人族の文化でな、食事をする前は“いただきます”。
食事が済んだら“ご馳走様”と言うんだ。
それぞれ食材となった生き物や、作ってくれた人達への感謝の気持ちみたいなもんだよ。」
「そうなんだ。
…ご馳走様でした。」
トラバルトの話を聞いた彼女は同じように手を合わせ目を閉じて呟いた。
(殊勝なやつだ。)
トラバルトはその姿を見て感心し和んだ。
文化や思想の違いでこれから先幾度となく、壁にぶつかる両種族であろうが、彼女を見てると不思議となんとかなりそうだから不思議なものである。
「明日は村長に挨拶をして、一通り必要な物を買ったら出発しよう。」
(何も起こらなければいいが。
私の事も、ヨルのことも村人達はなんと思うか。)
「最初は、どこへ行くの?」
「そうだな、出来ればいずれ魔族側の国も回りたいけど、今自由に入出国は難しそうだからな。
まずはテゾ方面に行って魔族の人々から情報収集だ。
機能してるのであれば各国の国営ギルドに登録しておきたいな。」
「…トラバルト、魔族の国に行きたいんなら、私が連れて行く。」
申し出にニコやかにトラバルトは答える。
「それはありがたいが、流石に許可のない人族が国中を闊歩していては問題だろう。
だからその許可の取り方を先に調べておかねばならぬ。」
「許可なら、私の父に頼めば、多分出せる。」
その彼女の発言に得心がいかないと言った顔を浮かべる。
「ヨルの父親に?」
「うん、私の父は、私の国の王だから。」
トラバルト、青天の霹靂。
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