第19話 涙

相変わらず人を斬るのは好きじゃない。


だがこの時の彼女は強い目的意識の元行動しており、優先すべき目標を見失わなかった。




ある時そんな彼女に伝令が告げる。

「ヨルムンガンド様、アトスが現れました。」


聞くや否や陣を飛び出し、空を駆り、最短距離でアトスの元へと辿り着いた。



狂風の登場にタニア軍が大混乱に陥る中、アトスは鋭い眼光で彼女を睨みつけ、その特徴から正体を看破した。

それは即ち目の前の少女が我らがトラバルト将軍罷免の原因を作った、魔導ヨルムンガンドであるという事。



「貴様、ヨルムンガンドだな。

お前を斬りたかった」



殺気立つアトスに彼女は少し慌てて制した。


「待ってアトス将軍。

私はトラバルト将軍を探しているの。

あなたなら所在を知らないかしら」



「貴様にそれを教える義理もないし、ここで死ぬ貴様が知る必要もない。」


そう言いつつ、アトスは剣を抜いた。




タニアの兵士たちにとってトラバルトは、憧れであり、投獄に際してその怒りの矛先はコーメル卿とヨルムンガンドに向いていたのだが、コーメル卿は貴族院の重鎮であり、仕える相手であり、実力行使に出れる相手は結局敵であるヨルムンガンドになるのだ。



彼女はハッキリ困惑していた。


どうすればアトスからトラバルトの所在を聞き出せるのか分からない。




その様子はアトスからすれば隙であり、鋭い踏み込みから刺突を繰り出す。


彼女はそれを抜き打ち様に刀で払い、止む無く刀身全てを鞘から引き抜いた。



アトスは強い。


それは常人では到底敵わない“羽付き”をも下すほどで、剣の勝負ならばヨルムンガンドを凌ぐ域にある。



上段からの斬り下ろしを受け止めたかと思えば、絶妙なタイミングで半歩引き、体制が前に崩れた所、胴へと刃を滑らせてくる。


すんでのところで翼を広げつつ前へ跳躍しなんとかそれを躱したが、振り返るともうすでに刺突が眼前に迫っていた。



(強い)



彼女は咄嗟に刀を振り上げ、アトスの剣を弾いたあと左手から流魔を放ち、彼の腹部を貫いた。


「ぐっ…」と小さな呻きを上げ膝をつき、苦悶の表情を浮かべる。



「アトス将軍、お願い、トラバルト将軍の所在を教えて。」



「誰が貴様なぞに」

苦虫を噛み潰すようにアトスが吐き捨てる。



彼女はにべもない返事に愕然とした。


(ダメだ、アトスは私にどうしても教えてくれない。

だったら他、誰なら知ってるの?

もし、このまま何も分からずじまいだったら…)




アトスは驚いた。

なぜ敵である彼女が、閣下の罷免の原因を作った彼女が、今し方自分の腹を貫いた彼女が何故



涙を、流すのだろうと



「貴様…何故そこまで閣下の所在を知りたがる。」



「助けてもらったから。

だから今度は私が助けたい。」


彼女の表情は相変わらず変わらないが、その涙は確かにトラバルトを想うものに相違ない。



「……。」


(敵であるこの女ならば、あるいは我々臣下では抗えぬ貴族どもを排し閣下をお助けできるやも知れん。)



アトスは長くない自らの命を震わせ、声を絞り出した。


「タニア城の最奥、玉座の間の左側の壁を探れ。

そこに隠し部屋がある。

貴族や陛下、そして将軍の私しか知らぬ部屋だ。

その部屋の地下に閣下は囚われておる。」



アトスの頬を涙が伝う。


(私は討つべき相手を違えたのだろうか)



「頼む、閣下を救ってくれ。」


そう言うとアトスは倒れ、二度と目を覚ますことはなかった。


彼女はアトスの手を握り、「ありがとう」と呟いて、将軍の死にいきり立つ兵士たちを躱し足早に自陣へと戻った。




こうして彼女はタニア城に行くために、引き続き戦乱に身を投じる決意を新たにする。


その後彼女は前述の通り無敵であり、常に最速最短で敵の指揮官を討った。

犠牲を厭うつもりはないが、無闇矢鱈な殺戮は彼女の心の望むところではなかったからだ。






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