ヨルムンガンドの戦い
第17話 “何か”
トラバルトに会ってから、何もかもが“何か”だ。
国にいた頃の自分は、別に何をするでなく、ただ父の隣にチョコンと置物のように座り、懇願されるまま戦争に赴き、指揮官の命じた通りの働きをした。
父は優しいが慣れない仕事にかかりっきりで、周りの皆も自分を腫れ物のように扱い、戦の時にだけ重用される。
退屈や嫌悪のような感情を感じてはいたのだが、生来の感情の起伏の乏しさや、他者との関係を長く築かなかった事が災いしてその事を認知出来ず終いであった。
そして運命のあの日、指揮官に命じられた通り、人族の部隊を襲撃し敵の要人を拐う事になったのだが、テゾ軍との戦闘を経たばかりで彼女はかなり消耗していた。
こんな時に限って敵の指揮官は強く、更には後方から単身部隊を救う為に乗り込んできた5将軍の一角トラバルト。
今までの戦では経験しなかった苦戦によって初めて感じる“何か”が生まれてくる。
切迫した状況であったので、“流魔”を使いなんとか要人の確保へ王手をかけたが、輿から子供が出てくるとは全く考えてもおらず、自分がこの子供を連れていく事も、この血生臭い場所に子供がいる事も、とても嫌な“何か”を感じた。
その時躊躇ってしまったが故に腰に深々と小剣が刺さり、形容し難い痛みが彼女を襲う。
追い打ちで、敵将トラバルトが味方を斬り伏せこちらに突進してきており、挙げ句の果てにこの男は流魔を消し飛ばし、打ち合った彼女の刀を叩き折ってしまったのだ。
目まぐるしく動く自分の心と戦況、そして子供の頭に刺さろうとする自分の刀の折れた切っ先。
“何か”を感じる間もなく彼女を“何か”が突き動かした。
痛い。
切っ先が手の甲を貫通して痛い。
腰も痛い。
戦い続きで疲れたし、血もたくさん出てフラフラする。
だがそれらの感情よりも彼女の心にいち早く去来したのは、“子供が無事でよかった”だった。
彼女は決して感情がどういうものかを知らない訳じゃない。
言葉では各感情がどういうものか理解しているのだが、それがどういうトリガーで人々に去来するのかがわからないのだ。
だから今自分が思う“何か”がどういうものなのか、何を起点にして起こったかがすぐには分からないのだ。
“子供が無事でよかった”
紛れもなく体は痛み、限界は近いのだが、反面心に痛みはなく、心地よささえ感じそうなものが彼女の心を支配した。
(嫌な感じがしないから、きっと間違ったことはしてないんだ。
…父さん、ごめんね)
トラバルトをチラリと見て、今の自分ではどう足掻いても勝てない事を悟り彼女は目を閉じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます