人間・トラバルト
第11話 屋根の下、肩触れる
戦は終わった。
(勝鬨が止まぬ内に逃げるか?
しかし逃げてどうする?
今や私の守るものも何もない)
トラバルトは王との最後の会話を思い出し悲観的な自分を諫めた。
(そうだな、陛下は私を死なせなかった。
私が何を成すべきかは分からぬが、取り敢えず生きねばならぬ)
そう思い直し立ち上がった時だった。
彼の耳は地下への扉が開き、階段を降りてくる足音を聞く。
(まだ勝鬨は止まぬが、気の早い奴がいたもんだ。
…。
足跡は一つ、鎧は着けてないな。
一体何者だ?)
トラバルトは思案したが、その奇妙な来訪者をそのまま迎えることにした。
(体格は小柄だな。
いざとなれば制圧することは容易いだろう。)
足音がとまりトラバルトの前に姿を現したのは、いつかまみえた敵の少女、魔導・ヨルムンガンドだった。
「ヨルムンガンド殿…?
まさかこのような所で会おうとは」
トラバルトは驚愕し冷や汗が伝う。
小柄で鎧を着けてない相手ならば素手でも問題なく対処出来ると踏んでいたが、まさか敵の最高戦力のお出ましとは。
(もし彼女に私を害する気があるなら、とても今の状況で敵う相手ではない)
「私の首でも取りに来ましたか?」
「違う、助けに来た。」
首を横に振りながらヨルムンガンドは呟く。
「私を?助けに?」
トラバルトは呆気に取られて次の言葉が出てこない。
「早くきて。今なら城の裏手から抜け出せる。」
そう言うとヨルムンガンドは檻の中に入ってきてトラバルトの手を取り、そのまま城の裏手より脱出し近くの森まで走った。
久しく見る太陽の光は痛かったが、ろくに見えぬ目では燃える王国を見ずに済み、彼には都合がよかったかもしれない。
王都からかなり離れ一息つくと、トラバルトは自分を助けた理由を問いただしたが、自分で聞いておいてなんだが、彼には何となくヨルムンガンドがなぜ自分を助けたのかが分かっていた。
「前助けてもらったから」
(だろうな)
トラバルトはフッと笑う。
それをみてヨルムンガンドは不思議そうに何がおかしかったのかと尋ねた。
「先程は少し身構えてしまったが、貴殿は相変わらずのようですね。
それを嬉しく思い少し笑ってしまいました。」
「そう」
ヨルムンガンドの顔にわずかに困惑した色が浮かぶ。
「しかし、よく私が地下にいるとわかりましたね」
「アトスって人に聞いた」
「アトスに?彼は生きているのですか?」
トラバルトは久しく聞く副官の名前にやや声が大きくなった。
「私が殺した、ごめん。」
「そう、ですか。
ですがそれは戦の常です。
私も貴殿の同胞を沢山斬っています、とても責められません。」
消沈しないわけではないが、彼女を恨む気はない。
「して、何故アトスと話を?」
「トラバルト将軍が失脚したって話は皆知ってた。
そしてその後任にアトスが就いたことも。
だから私はアトスならトラバルト将軍がどうなったか知ってるんじゃないかと思って、彼が死ぬ間際に聞いたの。
トラバルト将軍を助けたいから居場所を教えて欲しいって。
アトス、泣いてたよ。
泣いてあなたを助けて欲しいって言ってた。」
「そうか、アトスが将軍に就いていたのか。
私のせいでいらぬ苦労をかけたろうに、私の身を最後まで案じてくれていたとは」
トラバルトは目頭が熱くなった。
ガウェインやアトスと共に戦った日々が浮かぶ。
血生臭く決して愉快なものではなかったが、彼らがトラバルトと共に戦ったことを誇りに思っていたように、トラバルトもまた彼らと共に戦った日々を誇らしく思うと、思い出の彼等を心の中で追悼した。
「そういえば、随分遠くへ来てしまったが、貴殿は軍に戻らなくても良いのか?
連れ出してもらって言うのもなんだが、いつまでも姿を隠していては怪訝に思われまいか。」
トラバルトはヨルムンガンドの立場を案じた。
「私はもう戻らない。
ここまで来たのもあなたを助けるためだけだったし」
思わず口を開けてわずか固まった。
「私を助けるためだけにタニアへ…?」
ヨルムンガンドはにべもなく首を縦に振る。
(凄いお人だ)
トラバルトはまたふふっと笑う。
「また、笑った…」
「いや、失礼致しました。
しかし、最初刃を交えた時とは何か心境の変化があったということでしょうか。」
「私は元から戦うのはそんなに好きじゃなかったけど、父の為に戦ってたの。
けどトラバルト将軍にあった時、子供を戦中で見るのも、自分が痛いのも、戦いたくない人と戦うのも、全部嫌になった。
だから戦うのはあなたを助けるまでって決めてた。」
(私と似ているな)
斬りたくない相手を斬る苦悩を思い出した。
「お互い戦いたくないのに戦わねばならぬ、戦とは皮肉なものです。」
ヨルムンガンドはコクリと頷く。
「時に貴殿は今後、国に帰られるのですか?」
そう問われヨルムンガンドは「あ」と何かに気付いたような顔を浮かべた。
「何も考えてなかった」
短い付き合いだが、既に彼女らしいと思える言葉に、トラバルトはまた笑った。
ヨルムンガンドは心の内で何かを思案する事は殆どない。
だが顔にこそ出なかったが、この時のトラバルトの笑顔を見て胸の内に何か悪くないモノが居座るのを感じていた。
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