第10話 落日
炎に包まれる城の地下。
先ほどまで地鳴りのように響いていた兵達の叫びはもはや途切れ敵の勝どきが聞こえる。
腕に絡まる拘束は今やなく、彼は虚な瞳で冷たく無機質な天井を見ていた。
数時間前、王が地下のトラバルトの部屋に来た。
トラバルトは刺す光に目を細めたが、長く暗闇にいたせいで感覚が研ぎ澄まされており、その足音でそれが王のものであるとすぐに気付いた。
「陛下、貴族達に見つかっては立場を危うくしてしまいます。」
これまでトラバルトの面会は何人たりとも一切許されておらず、今回国王が来た事でトラバルトは非常に喜んだが、同時にその身を案じた。
「貴族どもなら皆国を捨て逃げ去った。
あまり長くは話せぬが、遂にこの国の終わりの時が来たようだ。
今城門は敵に攻められ、突破されるの時間の問題だろう。」
外界と隔絶されていたトラバルトにとって、その知らせは寝耳に水であったが、なんとか平静を保ちつつ言った。
「そこまで戦況が悪かったとは。
陛下、もしお許しいただけるのであれば、私を陛下の御前にて華々しく死なせていただけませんか。」
愛すべき祖国と運命を共にしたい。
強くそう思った。
だが王は
「ならぬ。」
と首を横に振った。
「トラバルトよ、お前はこの国の罪人である。
なればこの国がなくなるまではこの国の裁きを受け続けてしかり。
その後は好きにするが良い。」
そう言って、王はトラバルトの手枷の錠を外した。
「陛下…」
トラバルトは言葉が出てこなかった。
「今までよくこの国に仕えてくれた。
お前を始め、臣下達はこの国の誇り。
私はこの腐敗した国にどれほどの価値があるものかと悲観的になった事もあったが、お前達のおかげで最後まで王であり続けられた。
下らぬ王ではあったがな。
…感謝に尽きぬ。」
「このトラバルト、陛下に直接謝辞をいただくなど身に過ぎます。
それに下らないなど仰らないで下さい。
私は道を誤りましたが、陛下がおられたからこそ我々臣下は貴族院の横暴にも耐え、国を想うことが出来たのです。」
トラバルトは今生の別れを惜しみ、今想う気持ちを全て伝えるべく誠意を持って語る。。
「ふふ、泣かせる。」
王は瞳を拭った。
「トラバルトよ、私はもう行くが、最後にずっと言いたかったことがある。
お前が罷免された原因になった事だが、私はお前が道を誤ったとは思っていない。
この国、この時代にあってこそお前の行いは罪だったが、お前の行いを責められる世こそが私は間違ってると思う。
これからどういう世になるか、私には知る術もないが、どうかお前には、正きを貫ける世であって欲しいと思う。」
トラバルトは黙って王の話を聞いていた。
彼は自分の行いを悔いてはいなかったが、負い目がないわけでもなかった。
その言葉に彼の心の淀みは少し洗われ、一筋涙を流した。
「ふふ。
結局長々と話してしまった。
年をとると感傷的になってしまっていかん。
では、さらばだトラバルトよ。」
トラバルトは跪き敬愛する王へ最後の言葉をかけた。
「ご武運を」
タニア王国国王・エドワード8世。
武勇において特筆すべき力は持ち合わせていなかったが、最後の折、王自らの出陣による兵の士気はかつてないほど高く、トラバルト将軍が失脚した今、余裕の構えを見せていた魔族軍を散々押し返し力に勝る彼らを恐怖させた。
そして全ての兵が死ぬのを見届けた後単身突撃、そのあまりの気迫に魔族軍は後ずさるも側面から剣を突き立てられたのを皮切りに全身を滅多刺しにされ最期を迎えた。
それは同時にタニア王国滅亡の瞬間でもあった。
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