第2話 トラバルトの憂鬱②


「父上、魔族はまだいないのですか?」


トラバルトの部下に担がれて輿に乗った、まだ幼さが多分に残る表情の少年が少し不機嫌そうに口を開く。


「トラバルトよ、敵はまだおらぬのか」


それに答えるように、別の輿に乗った担ぎ手が気の毒になるような肥満体の男がトラバルトに尋ねた。



「斥候は常に走らせておりますが今のところ付近に敵影はないようです。

ですが昨日この先の川の向こうで敵影を発見したとの報告がありますので遠からず会敵することになりましょう。」



整備がなされていない斜面を行軍中の事、輿に乗り甲冑もつけず剣すら携えていない、この場に全くそぐわないその親子、父コーメルとその子ルーメルである。


何故戦の心得も無さそうなコーメル親子がこの場所にいるかというと、話はトラバルト出立の少し前まで話は遡る。




軍備の確認を行なっていた所へ、王より使いがありトラバルトは急ぎ謁見の間へと赴いた。



「此度の出征にコーメル卿とその子息を同行させて欲しい。」


王からの言葉にトラバルトは意図を汲みきれず一瞬固まる。


「失礼ながら何故そのような」



王はそう返すトラバルトにややため息混じりに返した。

「子息、ルーメル殿のたっての希望だそうだ。

戦争を見たい、とな。」



(何を馬鹿な…)


トラバルトは動揺し呆れた。

だが幾ら正論を述べようとも無駄な事だと知るトラバルトはすぐに諦めた。


「承知仕りました。」



王はそんなトラバルトを見ているのが忍びなかった。



「すまぬな。」








このタニア王国において、元首は当然国王だが、その実、政治の実権を握るのは貴族院という腐敗しきった団体だ。


かつて国を興した王と功労者たるその側近達は国の意思決定機関として貴族院を立ち上げる。


そこでは国のあらゆる決まり事が作られ、国王ですら1とする多数決が絶対の力を持っていた。



最初はそれでうまく回っていたが、時代は流れ貴族達は増長し、自分たちの為にだけなる事を考えるようになっていったのだ。


国王ですら1であるこの国の貴族院ではもはや元首たる王は飾りでしかなく、その暴走を止めるものはいなかった。



そして貴族院は国の軍事を握る為、トラバルトが就く将軍という地位を貴族院直属の臣下としてしまったのだ。



トラバルトは当然貴族院をよくは思っていない。

それでも変わらずタニア王国の軍人でいるのは、彼がこの国の王を、民を、風景を、愛していたからな他ならない。


その愛国心が貴族院の横暴に耐えさせ、斬りたくもない相手を斬る苦痛に耐えさせていた。





この日トラバルト率いる1500の兵は、昨日斥候からもたらされた情報をもとに南部対魔族戦線の先端に赴いている。



(結局敵は川を渡ってきてはくれてないようだ。

やはりそう上手いことはいかぬな。)


川までの道中は比較的開けており敵も味方も兵を伏せるような事は出来そうもない。

がその一方で川向こうの陸地は少し進むと背の高い木々の茂った森があり敵がいるならばそこから出てくる気はないだろう。

それに川と森に挟まれては1500の兵では正面からの行軍は機動性は失われるし退路を確保できないしで危険だ。


(我慢比べも悪くないのだが…)



露骨に苛立つそぶりをするコーメルをトラバルトはチラリと見た。



(私がリスクを負えば良いか。)


道中トラバルトは少し思案し副官のガウェインとアトスを呼びつける。


「この先の川を渡る。

敵は恐らく森に潜んでいるので戦闘になるだろう。」


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